「その日」を楽しむ
今日は7月4日である。今日が7月4日だと言われて、真っ先に私の頭に浮かぶのはアメリカ独立記念日であるということだ。学生時代―若さゆえ様々のことに柔軟で、かつあらゆることを経験し吸収しやすい年齢であった―の六年間、すなわち今36歳である私にとっては今までの人生の六分の一をアメリカで過ごした私にとっては、他人事ではない。だからといって何か特別なことを当時したわけでもなければ、今も特に何をするということもないのだが、何か忘れることのできない大事な日である。
独立記念日と言えば、ピクニックにバーベキューに花火である。ひたすら楽しむ一日であった。もちろん独身かつ学生という気楽な、何も気にしなくてもいい身分であったからそう感じたのかもしれない。朝起きたら、近所でも良いし、ちょっと遠出をしても良い。景色に良い公園なりに出掛けてハンバーガーとホットドッグ(アメリカでバーベキューといえば、主にこの二つであろう)を腹いっぱい食って、夕方帰ってきて花火を見る。ただそれだけのことである。ちなみにサマータイムということもあり、なおかつ私の住んでいたシアトルは緯度が高いところにあったので、夜も9時くらいにならないと暗くならないのである。というわけで夜も遅くまで遊べるわけである。
ただそれだけであった。が、それが楽しかった。「その日」を思いっきり楽しめただけのことだ。そう言えばクリスマスや感謝祭やイースターもそんな「その日」であったろう。
さて今は仕事もしているし家族もいる。社会的な役割とかもあったりして、色々と難しいことばかりだ。心底「その日」を楽しむということはなくなってしまった。それはそれで仕方がないことなのだろうが、ちょっともの寂しいものである。
まぁしかし物は考えようである。我が家の娘たちは子供であるが故に、難しいことを考えないで過ごしていることだろう。彼女たちが心底「その日」を楽しむことができる日があれば、それで構わないとも思う。

独立記念日と言えば、ピクニックにバーベキューに花火である。ひたすら楽しむ一日であった。もちろん独身かつ学生という気楽な、何も気にしなくてもいい身分であったからそう感じたのかもしれない。朝起きたら、近所でも良いし、ちょっと遠出をしても良い。景色に良い公園なりに出掛けてハンバーガーとホットドッグ(アメリカでバーベキューといえば、主にこの二つであろう)を腹いっぱい食って、夕方帰ってきて花火を見る。ただそれだけのことである。ちなみにサマータイムということもあり、なおかつ私の住んでいたシアトルは緯度が高いところにあったので、夜も9時くらいにならないと暗くならないのである。というわけで夜も遅くまで遊べるわけである。
ただそれだけであった。が、それが楽しかった。「その日」を思いっきり楽しめただけのことだ。そう言えばクリスマスや感謝祭やイースターもそんな「その日」であったろう。
さて今は仕事もしているし家族もいる。社会的な役割とかもあったりして、色々と難しいことばかりだ。心底「その日」を楽しむということはなくなってしまった。それはそれで仕方がないことなのだろうが、ちょっともの寂しいものである。
まぁしかし物は考えようである。我が家の娘たちは子供であるが故に、難しいことを考えないで過ごしていることだろう。彼女たちが心底「その日」を楽しむことができる日があれば、それで構わないとも思う。