津本陽「宮本武蔵」
しばらく更新が停滞していたので書けなかったが、先週、津本陽の「宮本武蔵」を読み終わった。
思えば宮本武蔵を題材にした本を読むのはこれが初めてである。宮本武蔵と言えば吉川英治の「宮本武蔵」が有名である。実家の「図書室」の本棚の上段に並んでいたが、あちらはちょっとボリュームがありそうだったので、今回は文庫本1冊に収まっている津本陽の作品を選んだ。
さて、宮本武蔵というと、剣の腕が優れていたということと二刀流を編み出したということくらいの知識しかなかった私である。確かに彼の剣の技は、まさしく右に出る者がいなかったようだ。生涯を通して、試合に負けたことはないと言われている。当時の試合とは、真剣を用いた、まさしく命を賭けての勝負であったようだ。試合に負けることが意味するのは、死か、運良く一命を取り留めても、剣を取れるような体にはならなかったであろう。武蔵がこれほど強くなければ、やはり彼の名は後世に伝えられなかったに違いない。それを考えると、やはり武蔵の剣技というのは、まさしく当時の日本一であったのだろう。
それにしても武蔵の青年時代というのは実に血なまぐさいものであったようだ。もっとも剣を極めるという生き方、人には負けられないという気持ちで生きていたわけで、それを考えると、多くの他人の血を流さねば、自らの血を流すことになったであろうから、仕方がなかったのであろう。今の時代で考えれば、なんとも野蛮なことに思えてしまうが、戦国の世が平定され始めた時代に生きた武蔵や他の武人たちにとっては、まだ日常のことであったのだろう。
まさしく命を賭けての真剣勝負。戦うからには勝たなければならないのである。勝つためには、自らの技を磨き、弱気を起こさせるような考えを払拭せねばならないのである。
そう言えば、どこかで誰かも似たような生き方をしていた。武蔵の時代からさらに遡ること千数百年、紀元1世紀のローマとその周辺地に生きた使徒パウロだ。自身も手紙の中で語っているように、勝負をするからには、勝利を得るようにやらねばならないと語っている。彼にとっての勝負とは、キリストの福音を伝えることであったのだろう。武蔵も剣の技で負けることができないように、パウロも福音を伝えることにおいて、負けることは自分で許さなかったのであろう。時代と場所を隔てて生きた2人の男。生きる道は異なっていても、その道において、負けることを許さなかったという真剣さというか自信というか鍛錬というか…それらは共通しているのではないだろうか。