語り続けること | あるキリスト者のつぶやき…

語り続けること

使徒が旅する先々で人々は信仰に入るのだった。なぜ、人々は改宗したのであろうか。それは、キリストの話を聞いたからであろう。確かに、使徒たちは奇跡も行ったこともあるので、それを見て神を信じた人々もいただろう。しかしそれでも多くの人々は使徒たちがキリストのことを伝え教えたからだろう。使徒たちはかつては同胞であったユダヤ人から迫害されながらも、くじけることなくキリストの話を人々に語って聞かせたのだった。思えば、赤の他人とも言える外国人や異教徒からの迫害なら、それなりに意見も違うだろうからと、悪口を言われたり、殴られたりしても納得できないといこともなかったであろう。ところが、同国人でありかつては同じ信仰を持っており、なお今でも同じ神を信じているにもかかわらず、イエス・キリストを信じているが故に牢屋に放り込まれたり、リンチされそうになったりするのは、どう考えても納得のいくものではなかったに違いない。
さて、今日は18章。パウロがコリントという都にいた時である。ある晩、神が幻(夢のことかな?)で彼にこう言ったのだ。「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。」そして、この幻を見た後、1年半の間コリントに滞在していたのである。そして彼はその間「神のことばを教え続けた」のである。


やはり信仰に生きる者として大切なことは神のことばを伝えることなのであろう。私は話し下手なので話すのは苦手である。そして、ペテロやパウロが語ったようには、神のことばを伝えることはできない。こうしてブログに聖書を読んだ記録を残し、自分のサイトで信仰者の観点から書いた随筆を公開することが、私にとって「語り続ける」ことなのであろう。小さな働きかもしれないが、これからも続けていきたい。