恵みの時 | あるキリスト者のつぶやき…

恵みの時

使徒の働き14章。使徒パウロとバルナバの旅は続いてます。やってきたのはイコニオムという都。あまり聞かない名前なので、どこにある都かと思いきや、今のトルコのコンヤという都市らしい。思えば、キリストの時代から今の時代まで都市であり続けるとは、横浜なんて幕末開国の時に開かれた新興都市に住む私には想像の域を超えている。隣の鎌倉だって、頼朝公が鎌倉幕府を開いたのが1192年だから、まだまだ若い都である。すげぇー。


さて、それはそれでおいておくとして、ここでも使徒たちはイエスの福音を告げ、奇跡を行ったのであるが、やはりユダヤ人からの風当たりは強かったのである。結局イコニオムにしばらく滞在したものの、彼らを好ましく思わないユダヤ人と異邦人が結託して、リンチをしようと企てたので彼らはルステラ地方(今はトルコの高原地方)へと逃げてきたのだ。ここでも彼らは同じように活動した。ある時、一人の足なえをいやしたのであるが、それを目撃した人々が使徒たちの行う奇跡に驚いてしまい、「神々が人間の姿をとって、私たちのところにお下りになったのだ」とすっかり感激して、彼らにいけにえをささげようとし人々が集まってきたのだった。むしろ、驚いたのはパウロとバルナバである。必死になって、彼らを説得し自分たちは神ではなく、神のことばを伝えているだけに過ぎない者であることを告げたのだった。
彼らを説得するときの言葉がとても印象的なのである。 「ご自身のことをあかししないでおられたのではありません。すなわち、恵みをもって、天から雨を降らせ、実りの季節を与え、食物と喜びとで、あなたがたの心を満たしてくださったのです。」
今の時代においても、聖書のことばを聞いたことのない人々が多くいることだろう。しかし、そのような人々も神を知ることはできるのである。森羅万象が神について証言しているのであろうから。
信仰持つ私であるからこそ、雨が降ろうと風が吹こうと、朝になると日が昇ること、夜には日が沈むことに神がおられることを覚え、日々必要が満たされ、日々生かされていることに感謝して生きたい。