連鎖反応 | あるキリスト者のつぶやき…

連鎖反応

使徒の働きを続けて読もう。今日は12章。よくぞここまでやってこれた。


さて、ローマ政府に推されてユダヤの王となっていたヘロデという人物がいた。赤ん坊のイエスを殺そうと企てたヘロデとは別のヘロデであるが、その悪しきことに違いはない人物であった。ヘロデ王、どうやら自らの足下で勢力を広げつつあるクリスチャンたちが嫌いだったらしい。そんなわけで、とうとう弟子ヤコブを捕らえて殺してしまった。これが一部のユダヤ人に喜ばれたので、味を占めたヘロデ王は、今度はペテロを捕らえたのである。ペテロが逮捕されたことを知った人々は彼のために祈り続けたのであった。
さて、ある晩のこと、ペテロの牢獄に神の御使いが現れたのであるが、面白いと言うか何と言うか、御使いは彼にこう言ったのである。「帯を締めて、くつをはきなさい。上着を着て、私についてきなさい。」なんとも冷静な態度。牢屋から逃げるのであれば、何はともあれ、まずは逃げることを優先にするだろう。身の周りに構ってはいられないと考えるのが普通ではないだろうか。果たして外が寒かったのかどうか…それとも、神がペテロの逃げ道を用意されたということは、つまりそれは何者も邪魔することのできない確かな逃げ道であって、なにも恐れて慌てて逃げる必要がないということなのだろうか。後者ではなかろうかと、私は理解している。個人的な考えではあるが。
さて、身支度を調えたペテロは弟子の集まる家に行き、開けてくれと、ドアをノックしたのである。やってきたのは女中のロダ。ペテロの声が聞こえると、すっかり焦ってしまってペテロをドアの外で待たせたまま、他の弟子に知らせに行った。女中さん、大事な人を忘れている…ところが弟子に告げると「気が狂ったか!?」と言われる始末。何とも残念な役回りである。が、ペテロがドアを叩き続けていたので、やっと皆気付いたのである。奇跡が起こったと良い知らせを告げる者は、奇跡を見ていない周りの人々から笑いものにされてしまうということなのだろうか。いやいや、そんなに深い意味はないのかもしれないけど、なんとなく面白いものだと思った。
一方、ペテロがいなくなったことに気付いたヘロデ。すっかり逆上して牢屋の番をしていた兵士を処刑してしまったのである。悪い奴は本当に悪い。兵士が実に哀れである。


しかし、ヘロデの極めつけの悪業は、民衆に自分のことを神だと平気で言わせたことである。とうとう神も堪忍袋の緒が切れたのか、ヘロデの息を絶えさせたのであった。人は決して神を超えようなどと思うものではない。人は所詮人でしかないのだから。創られた者が創った方を超えようとしてはならないのである。