ぼちぼち時間かな
しばらく前に、クリスチャンになった経緯を題材に、半自伝的なエッセイを書いた。それなりのボリュームになったのだけれど、二十数回に分けて書いたので、続けて読むとなんとはなしに、まとまりに欠けているような気がする。それに、書いてからそのまま放置されているのも、なんか勿体ないような気もする。せっかくなのでこれを機会にまとめて、コンテストに応募しようかと思う。さて、どうしたものかと考えてしまう。
まずは出だしを見直してみようかと思う。ちなみに、エッセイはこのように始まっている。最初に書いたときから、ほとんど手を入れられていない状態ではあるが…
私が人に「俺、クリスチャンなんです」とか「俺、教会通ってるんです」などと言うと、クリスチャンではない周囲の人たちからは「ふーん、そうなんだ」とか「お前ンとこはクリスチャンなのか?」とか「それは偉いねぇ」などといった様々な反応が返ってくる。ところが、なぜ私がクリスチャンであるかを聞いてくる人は皆無と言ってもいいほどいないのである。どうやら、彼らにしてみれば私がクリスチャンであるのは、つまり私がクリスチャンの家に生まれたからクリスチャンなのであろう、といった解釈をしているに違いない。だいぶ前の話であるが、クリスチャンとは生まれつきではなく、自分で決めてなるものだと言ったときに驚かれたことがあるくらいだ。そんなわけで、「両親もクリスチャンなんだ?」と聞かれ「いや、違うよ」と答えると、毎度のように決まって不思議そうな顔をされ、会話がそこで途切れてしまうのである。
ちなみにタイトルは「話せば長い話」とオリジナルではつけらている。ついでと言ってはなんだけど、これももう少し印象に残りやすいもの、本文の内容を反映するものに変えてみるかな。そう考えると、タイトルと本文のどちらを先に整理するべきなのだろうかという課題がでてくるのだ。