分け隔てなく
使徒の働き10章。そう言えば、昨日は読まなかったなぁ~。へへっ、まぁそんなこともあるってことで。
使徒の働きの舞台となった時代では、ユダヤ人は外国人とはあまり関係を持たなかったのである。さて、ここにでてくるコルネリオという人物は、ローマ軍の部隊の隊長であった。根が善良なのか、彼はユダヤ人に親切に接し、家族共々神に祈りを捧げていた。が、どうやら、彼らはイエスのことは知らなかったようである。そんなわけで、ある時、天使が彼のところにきて、弟子のペテロを呼んできなさいと伝えたのである。おどろいたコルネリオは使いをペテロのところに遣ったのである。
一方ペテロはどうかというと、天使がコルネリオに現れた翌日、妙な夢を見たという。ユダヤの戒律で食べてはいけない動物を食べろという声が聞こえたので、それを拒んでいると「神がきよめたものを、きよくないと言うな」という声が聞こえたという。さて、目を覚ますとコルネリオの使い達がきていた。
ペテロにしてみれば、なんでわざわざローマ人のところに行かねばならぬのか、と思ったであろうが、夢の意味を理解して、そのまま出掛けていったという。異邦人たちがイエスがペテロに命じたことを聞きたいというと、ペテロはこう告白した。
「これで私は、はっきりわかりました。神はかたよったことをなさらず、どの国の人であっても、神を恐れかしこみ、正義を行なう人なら、神に受け入れられるのです。」
人はみな平等というが、今の世の中、それはいくらなんでも現実味がない。富んでる人がいれば乏しき人もいる。あらゆる悪がはびこるこの世界、平等というのはまやかしごとに過ぎないだろう。しかし、真に平等であることが一つある。それは、神を恐れるのであれば、性別、年齢、富や権力…それらのものに関わらず、神は受け入れてくださるのだ。神の前にあってこそ、人ははじめて平等になれるということではないだろうか。