目から鱗
この言葉。実は語源が聖書だったりする。普段何気なく使っている言葉の語源が聖書っていうのは、なかなか面白いモンだ。キリスト教が文化の根本にある欧米でのことならともかく、この島国で使われているというのは、不思議なことだ。一体一番最初に使い始めたのは誰だろうかと、ふと考えてしまう。
さてさてそれはおいておくとして、今日は使徒の働き9章。7章や8章はちゃんと読んだけど、とくに思うところもなかったので何も記録には残しませんでした。でも、ちゃんと読んだから今日はこうして9章に至るわけです。そして、9章で「目から鱗」が使われているんですよね。実は7章でステパノという信者が石を投げつけられてボコボコにされて殺されてしまう話が書かれているんだけれど、その時、サウロって言う名前の青年宗教家がいたんだな。8章には青年サウロもステパノを殺すことに賛成していたと書かれているし、何よりもサウロ自身がクリスチャン達を迫害するがために諸地方を旅していたという。9章に至る頃には「脅かしと殺害の意に燃えていた」と書かれているぐらいだから、よほどのクリスチャンに対して敵意を持っていたに違いない。
そんなサウロがある時ダマスコの地方を旅していたんだけど、いきなりまぶしい光に照らされてしまったんだ。実はそのときサウロはイエスの声を聞いたという。「私はあなたが迫害しているイエスである。」その声はサウロだけでなく、サウロと一緒にいた人々にも聞こえたと言うから、皆すっかり恐れてしまったのだ。そしてふと我に戻るとサウロはすっかり目が見えなくなっていたのだ。おまけにショックで食事もできなくなったというから、かなりのトラウマであったのだろう。しかたなく一緒にいた人たちに導かれて、やっとのことでダマスコの町に到着したという。
しかし、実は神は"先回り"してダマスコに住んでいたアナニヤという信者に、サウロのところに行って彼のために祈るようにと命じていたのである。アナニヤにとっては迷惑な話であるが、言いつけの通りにサウロのところに出掛け、盲目になったサウロのために祈ったのである。すると、びっくり、彼の目から鱗のような物がおちて、また目が見えるようになったという。一連の出来事ですっかり心を入れ替えたサウロは、その後は今まで自分が迫害していたイエスのことについて、人々に伝える側へと回ったのである。
人間的に考えれば、たとえクリスチャンであってもサウロを痛めつけたいと考えることであろう。しかし、神はそのサウロを救っただけではなく、さらには福音を広めるために用いるようになるとは…まさしく神の不思議である。
さてさてそれはおいておくとして、今日は使徒の働き9章。7章や8章はちゃんと読んだけど、とくに思うところもなかったので何も記録には残しませんでした。でも、ちゃんと読んだから今日はこうして9章に至るわけです。そして、9章で「目から鱗」が使われているんですよね。実は7章でステパノという信者が石を投げつけられてボコボコにされて殺されてしまう話が書かれているんだけれど、その時、サウロって言う名前の青年宗教家がいたんだな。8章には青年サウロもステパノを殺すことに賛成していたと書かれているし、何よりもサウロ自身がクリスチャン達を迫害するがために諸地方を旅していたという。9章に至る頃には「脅かしと殺害の意に燃えていた」と書かれているぐらいだから、よほどのクリスチャンに対して敵意を持っていたに違いない。
そんなサウロがある時ダマスコの地方を旅していたんだけど、いきなりまぶしい光に照らされてしまったんだ。実はそのときサウロはイエスの声を聞いたという。「私はあなたが迫害しているイエスである。」その声はサウロだけでなく、サウロと一緒にいた人々にも聞こえたと言うから、皆すっかり恐れてしまったのだ。そしてふと我に戻るとサウロはすっかり目が見えなくなっていたのだ。おまけにショックで食事もできなくなったというから、かなりのトラウマであったのだろう。しかたなく一緒にいた人たちに導かれて、やっとのことでダマスコの町に到着したという。
しかし、実は神は"先回り"してダマスコに住んでいたアナニヤという信者に、サウロのところに行って彼のために祈るようにと命じていたのである。アナニヤにとっては迷惑な話であるが、言いつけの通りにサウロのところに出掛け、盲目になったサウロのために祈ったのである。すると、びっくり、彼の目から鱗のような物がおちて、また目が見えるようになったという。一連の出来事ですっかり心を入れ替えたサウロは、その後は今まで自分が迫害していたイエスのことについて、人々に伝える側へと回ったのである。
人間的に考えれば、たとえクリスチャンであってもサウロを痛めつけたいと考えることであろう。しかし、神はそのサウロを救っただけではなく、さらには福音を広めるために用いるようになるとは…まさしく神の不思議である。