藤沢周平「海鳴り(上・下)」 | あるキリスト者のつぶやき…

藤沢周平「海鳴り(上・下)」

いつも読むたびに感じるのだが、藤沢作品は情景描写が頭抜けて美しい。なにか美しい風景画や写真を眺めているような気分になり、そこに描かれている世界に吸い込まれていくような気持ちになる。心地よく、何時間でもその場にとどまっていたいと感じさせるのだ。今回読んだ「海鳴り」も私を虜にした。今まで私が読んだ時代小説と言えば、必ずや剣の技に長けていたり、なんらかの武術や策略に長けている主人公が登場するものであったが、今回はそのような主人公は登場しなかった。そもそも人情話であるから、格好良い武家は出てこないのである。
さて「海鳴り」の裏表紙に書かれているあらすじを読んだときに、果たしてこのような人情話が私を引きつけるかどうか怪しく思ったのであるが、藤沢作品であるから読むことにしたのである。そして期待は裏切られなかった。いや、期待以上のモノを得たと言っても言い過ぎにはならないだろう。物語は、家庭の問題や仕事の問題を抱えた紙問屋新兵衛と、同業の人妻であるおこうの恋物語であり、(作中で新兵衛も認めているように)モラル的に考えるとあまりよろしくないが、どこか優しさに満たされているのである。
最後の方で、しあわせとは何かと考える新兵衛であるが、おこうと二人だけの将来にその結論を見いだしたようだ。