二日目
世に三日坊主とは言うけれど、果たして何日続くでしょうか。つーか、理想は毎日聖書を読み続けることじゃんか。これ自分への課題のひとつね。
今日は引き続き使徒2章を読む。聖霊に満たされた信者達が他の国の言葉で話し出したっていうストーリーが載ってる。これには様々な教派で解釈なり意見が分かれるところだけど、今の私にはどうでもいいと言えば、どうでもいい。それより大切だろうと私が思ったのは、24節に書かれていることだ。「しかし神は、この方を…(略)…、よみがえらせました。 この方が死につながれていることなど、ありえないからです。」十字架につけられて殺されたが、三日目によみがえった。つまり、キリストは今も生きているということだ。もちろん、生きているからといっても今でもこの地上のどこかで生活しているってわけではないのであるが。肝心なのは墓に葬られて「はいさよなら」ではないことである。墓に埋められ朽ちていくだけのモノを信仰の対象にするのはむなしいことだろう。今も生けるキリストを信仰することが、教団教派の壁を越えての共通点だろう。
思えば、妙に偏った人道主義に走るクリスチャンのなんと多いことか。そんなことより大切なことあるだろうに。