社会人としての心構え | あるキリスト者のつぶやき…

社会人としての心構え

インターンで来ている学生さんが、社内のブログにこんな質問を投稿していた。「社会人になるにあたって必要な心構えはあるでしょうか?」
自分自身も社会人としての心構えなるものをあまり考えたことがなかったので、私にとっても考える良い機会となった。そして、この質問に答えるために考えを巡らすと、このような結論に辿り着いたのである。すなわち、社会人としての"特別の"心構えというのは存在しないと。
なぜ?って思うだろうが、社会人になるにあたって必要な「心構え」というものは、幼少期、小学校、中学校、高校、大学…と身につけてきた「心構え」の積み重ねではないか。今まで、生活の様々な場において身につけた常識を忘れさえしなければ問題ないのではないだろうか。
嘘をつくな、約束は守れ、独り占めするな、人の話をちゃんと聞け、礼儀を忘れるな…等々。人として基本的なことが身に付いていれば、社会人になるからといって、特別に気構える必要はないのかもしれない。何より、常識を守れば人から信頼されるからだ。私の周囲にも一流大学を出て、ちゃんと新人教育も受けているにも関わらず、人としての常識をわきまえていない者が見受けられる。私はそのような人たちを信頼はしない。
話を広げるとすれば、社会人であろうとなかろうと、人として節操を持つことは大切なのだろう。互いの信頼へと繋がり、世の中多少はマシになるかもしれない。
しかし、人のことをどうこう言う前に自分自身が気を付けて行かねばなるまい。