Especia"Mucho GUSTO Especia"2014 Tour-札幌公演-
2014/11/16 Spiritual Lounge
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ただの思い出日記です。あと、書き進めていくうちにどんどんテンション上がって、最後の方はよく分かんない感じになりました。


初の全国ツアーを10月4日大阪よりスタートさせ、広島、横浜、熊本、福岡、京都、神戸、愛媛と各都市を回り、いよいよ初上陸となる北海道でのライブを迎えた、大阪・堀江を拠点に活動する5人組ガールズグループEspecia。
俺個人としては10月13日の横浜公演以来1ヶ月振りの参戦であったが、そういえば前回は大型台風に見舞われたのだった。
そして今回は、11月の札幌では実に19年振りの積雪量となり、しかもかなりの寒さ。
俺は元道民なのでまだ良いが、なんと天候に恵まれないことか。まさに嵐を呼ぶ女たちである。

今回の札幌では、前日15日と当日16日の昼にインストアライブも行われ、道内初上陸となる彼女達を見るため多くのファンが駆けつけた、ようだ。
ようだとしたのは、俺も実際15日にアリオ札幌でのインストアライブには行ったのだが、正直入りはイマイチ。
土曜の夕方、しかも中心部少しから離れた場所柄なのか、ファンはそんなに多くなったように思う。
むしろ子連れや年配のファミリー層の方が多く、アウェイ感はかなりあった。
そんな状況下であったが、リハーサルから全力でパフォーマンスをするEspeciaさん。
本番のライブになっても更にキレキレのダンス&生歌で、ペシスト・ペシスタ(Especiaファンの通称)はもちろん、偶然足を止めていたファミリー層も魅了した。
印象的だったのは、ステージ脇で見ていた子供たちと目が合う度に優しく微笑むメンバーの姿。
また、メンバーがフロアに降り、客とハイタッチをする"Good Times"では子供たちにも駆け寄り、頭を撫でたりハイタッチをしており、ファンのみが集まるようなインストアライブでは見られない場面に遭遇出来て良かった。
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アリオ札幌でのインストアライブの様子。(Especiaさんのライブは、基本的に動画・写真撮影ともに完全OK。)

翌日はタワーレコード札幌pivot店でのインストアライブも行われたが、こちらは用事があり回避。と言うのも、実は札幌の実家に帰るタイミングでの参戦だったため、この日の昼間は家族と過ごしていた。まあ、どうでも良い話であるが。
そんな話は置いて、ツアーライブ当日ということもあり、多くのペシスト・ペシスタで埋まったようだ。
こちらの模様はTwitterなどで検索すれば、たくさん出てくると思います。はい。

そして、ついに本公演。
会場はSpiritual Loungeという、キャパ120ほどの小さめなライブハウス。
音響が良くステージも高いため、かなり見やすいなぁという印象。
いつもの事ながら開場時間過ぎに到着し、ライブハウスの前でビールをプシュった。
少し調子が出たところで入場すると、すでに会場はパンパン。
「当日券10枚のみ!」で覚悟はしていたが、まさかここまでとは思わなかった・・・。
今度はちゃんと時間通り入場しようと誓い、人をかき分けなんとか奥へ。
ほどなくしてOAのミルクスが登場。
かなり失礼ながら、けっこう可愛いじゃん!とか曲もなかなか!と思いながらビールを戴きつつ見た。
そして思ったのが
やっぱ北海道の女は最高だぜ!
ということ。やはり、僕は道民なんですね。北海道の女の子は最高っす。


そんなこんなで、いよいよEspeciaさんの登場。
この日は1stアルバム『GUSTO』収録の"No1 Sweeper"からスタート。
"ナイトライダー""パーラメント"とアップチューンを続けて披露し、おそらく初めてライブを観るだろう方が多い会場を、初っ端からぶち上げていった。
そして5曲目"Mount Up"
実はこの曲、横浜で観た時にイマイチ上手くいってねぇなーという感じだったのだが、それがめっちゃ良くなってる!
たまたまその時が良くなかっただけなのかもしれないが、個人的には成長を感じた瞬間であった。
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ここでMC。
歌い踊っている時は、キラキラしたスーパーお姉ちゃんという感じなのだが、MCはとことんユルい。もう普通の女の子。
そこが良いんだけどね。
3度あったMCでは、とにかく飛行機にテンションの上がる三瀬ちひろさんの話や、念願?の雪合戦をした話など、なんかもうただの観光客の話を聞いているようで楽しかった笑。
特に三瀬さんが飛行機愛、空港愛を語った場面は秀逸。飛行機の話をあんなに笑顔で語るハタチそこそこの女の子、最高じゃないですか!
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MC中のEspeciaさん。


そんな楽しげにMCをしてからの曲は「ドロドロ」セトリ。
"X・O"や"雨のパーラー"といったミドルテンポの曲で、フロアをゆったりと揺らした。この2曲はどちらもカップリング曲なのだが、フロアからの反応は良かった。
また、Twitter等では"雨のパーラー"での冨永悠香さんのフェイクが話題となっていたが、実はこの曲の音源持っていないので気付けず・・・。不勉強でした。
あと、個人的嬉しかったのは"MIDAS TOUCH"を聴けたこと。
この曲は山下達郎御大のカヴァーなのだけど、とにかく良いのよ。
これ聴いたら、思わず深夜の街道を走り出したくなるね。車はおろか免許さえ持ってないけど。
実はEspeciaさんの楽曲は、SoundCloudでおそらく全曲聴けるので是非。

話は逸れましたが、ライブは終盤。
前回横浜の反省を生かしビールは2杯で止めているので、バッチリ終盤まで覚えておりますよ。
シンセの音色が可愛らしい"不機嫌ランデブー"。エレクトロっぽさが心地よい"海辺のサティ"や"アバンチュールは銀色に"のようなダンスチューン。イントロのギターがAORファンのツボをつく"きらめきシーサイド"で盛り上げ、最後は力強い歌声が際立つ"YA・ME・TE!"で本編終了。
"不機嫌ランデブー"は最近よく聴くのだけど、パワーポップ野郎の僕としてはシンセの音が堪らないのね。あとは"海辺のサティ"。これを聴いて踊らない奴はいないだろ!ってくらいなバキバキさが良い。
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脇田もなりさん。


そのままアンコールへ突入し、1曲目は"アビス"。
そして"ミッドナイトConfusion"のオリジナルとアルバムバージョンの連発!
右に左に揺れて、サビでは「あいぞんみー」と叫ぶ。コールやMIXなど決まり事の少ないEspeciaさんのライブであるが、この曲のお約束はとにかく楽しい。
なんというか、この辺りはアイドル界隈のノリというよりも、ロキノン界隈のノリに近いのではないかなーとも。
おそらくどちらも出自は同じところなのだろうけれど(いや、アイドル界隈のノリの方が伝統あるのか)、このあたりは今後ゆっくりシッカリ考えてみると面白いかもしれない。

歌詞とダンスが可愛らしい"くるかな"で19曲に及ぶライブを終え、さて帰るかなと思うとなんとダブルアンコールを求める声が!!
しばらくするとマネージャーさんが出てきてライブハウスへ確認を取り、これをライブハウス側も快諾!!
元道民の僕が言うのもあれですが、まさに北海道民は心もでっかいどー。
まさかのダブルアンコールは、これまたまさかの"Good Times"!
いやいや、観てる側もけっこうギチギチなのに、まさかね。
まさかね
まさかね
降☆り☆て☆き☆た☆

いやもうね、ただでさえギッチギチのフロアにメンバー降りてきて、ハイタッチのために駆け回ってんの。
これはすげぇとしか言いようがない。
森絵莉加さんなんか、後ろまで行ってサビまでにステージに戻れないという笑。
響き渡る
「すみませーん!通してくださーい!」
に大爆笑してしまいました。
そんなユルめに1曲やった後は、本日2回目の"YA・ME・TE!"。
先ほどまでのユルさが嘘のような、ゴッリゴリでキレッキレのパフォーマンス。
特に良かったのは森絵莉加さんの歌!
独特のやんちゃ感のある力強い歌声で魅せたかと思えば、あどけなさもある甘い歌声を響かせる。これは生で聴いたらビビりますよ、マジで。


こんな感じでEspeciaさんの札幌ライブは終了。
実家へ帰省していたら「たまたま」Especiaさんが地元でライブしていたなんてね。これ遠征じゃないですよ。帰省ですよ。「たまたま」ね、ほんと。

いやいや、しかし。
歌、ダンスともに着実に良くなってる。
特に"YA・ME・TE!"の悠香さんソロパートでの歌は素晴らしかった!
どんどんと隙が無くなっていって、「陸海空どこでもイケます」みたいなスーパーロボのようになってしまいそうだ。
そうなった時は、より一層カッコよくなったEspeciaを観れるのだろう。
ロボットダンスがスーパーロボットダンスになるのかなぁなんて考えているうちに、そろそろ集中力が切れて適当な方向に行きそうなので、この辺りで。


ちなみに、有難いことにYouTubeにインストア、本公演ともに動画上がってます。
気になったのなら是非に。
昔から「好きな女性のタイプは?」と訊かれると、とても返答に困った。
具体的なイメージを伝えて、その場にいる女性にそのイメージが合致すると「あれ?私のこと?」みたいに思われてしまうかなーなんて考えると、なんだか迷惑かなとも思ったりするし、まず大体の女性は可愛いと思う方なのでこれというイメージが無い。
つい先日もその話になり、それを避けるため「おでんくんみたいな感じっすかね」と伝えたところ、その場が凍りついてしまった。
別に具体的に芸能人の~と言えば良いのだけど、なんだかそれを僕のチンケなプライドは許さない。
というより、やはり具体的なイメージがその場にいる、もしくはすぐに思い浮かぶ身近な人に合致してしまうのが怖いのだ。
だから、適当なことを言ってはぐらかしたり、全く見当違いのことを言ってしまう。
ただ、ひとつ言っておくと、僕は実際におでんくんみたいなつぶらな瞳の女性が好みなので、ささやかなヒントは与えている。いや、与えてやっているのだ。
どうだろう。なんと小さな男か。

ただ、それも下らないことなのだと、最近になりやっと割り切れるようになった。
別に具体的なイメージを伝えたところで、そんなに自意識過剰な子は現実世界には存在しないし、第一本当に興味があって訊かれているわけでもない。
僕の目の前にタイプそのままの女性が居て、まるでその女性の特徴を挙げていくようにこういう子が好きだと言っても、そんな話は口から出た途端にどこかへと消えてしまうだろう。
つまり全くの杞憂だったのだ。

だから、アイドルにハマった今なら「◯◯ってグループの~ちゃんみたいな感じ」とも伝えられる。しかし、世間のアイドル好きへの風当たりは強い。
恐らくそれを言った途端に、とても変な奴というレッテルを貼られてしまうだろう。
実際知り合いのおば様に会話の流れでアイドルの話をしたところ「もし自分の息子がアイドル好きだったら嫌だ」というような事を言われたので、僕は喉まで出かかっていた言葉をコッソリと飲み込んだ。
やはり、好みのタイプを伝えるのは難しい。当面はおでんくんみたいな女性という事にしておこうと思う。
喫煙者への風当たりが強くなった今でもなお、歩きタバコをしている人が目につく。
風当たり云々の前に歩きタバコは危険な行為であって、マナー違反だ。
すれ違う時に相手の手に触れたりすれば火傷は免れないので、是非止めた方が良い。
そもそも、あまり格好の良い行いではないと思う。
映画など創作物の世界では、煙草を咥え颯爽と去るシーンがあるが、あれは行為が格好良いのではなくやっている人が格好良いだけなので、ほとんどの街行く人がやったところで不恰好極まりない感じになってしまう。
だから、格好良いと思われたいのならば、今すぐに止めるべきだ。

煙草に限らず、歩き~というものは多い気がする。
さっき散歩をしていたら、ちょうど会社帰りの時間ということもあってか、歩きながら食べ物を口にしている人が多かった。
おにぎりやパンなど様々ではあるが、あれはあれで形になっている気がする。
ただ、家に帰るまでの数十分も我慢出来ないほどの空腹とはなんなのだろう。
あとはビールなどの酒類。
これは僕も良くやるのだが、慣れていないと意外と難しい。
それに、なんだかアウトロー感が強すぎて、あまり人目の多いところでやるのは気が引ける。
そして、季節柄かおでんを歩きながら食べている女性に出くわした。
これには流石に驚いた。
なんせ片手でカップを持ち、もう片手で箸を持たなければならない。
全く歩きながら食べることには向いていない気がする。
どの品目を食べていたかまでは判別出来なかったが、これがもし玉子や餅巾着など、安定した状態でも食べにくいものであったのなら、彼女は相当の歩き食べリストだ。

今の僕の経験では、おでんが最も驚くべき食べ物ということにはなるが、今後さらに驚くべき食べ物を頬張る人に出会う可能性もある。
この世界には、まだまだ桁違いの歩き食べリストが存在するだろう。
もうどうせなら、歩き食べ世界選手権でも開催してもらいたいところだ。
そうなると、今思いつく限りでは熱々の汁物が難しそうだ。
前を見ながら、かつ火傷にも気をつけなければならないとなると、ハードルはかなり高い気がする。
あとはつけ麺など、皿が2つ以上用意されている食べ物。もう箸を持つ手は無いのだ。
この難題にトップレベルの歩き食べリスト達はどう挑むのか見ものである。
きっと想像もつかない方法で食べきるのだろう。
そんな事を考えながら、凡庸な人間の僕は今日もテーブルを使って食事を摂った。
初めてけっこう真面目にライブに行った感想を書こうと思う。
10月13日、関東に大型の台風が接近する中、大阪・堀江を拠点に活動する5人組ガールズグループEspeciaの全国ツアー神奈川公演がBBstreetで行われた。
彼女たちにとって初の全国ツアーとなった今回であったが、その開始直前にメンバーの脱退があり、それまでとは大きく環境の変わる中でのライブには注目が集まる。
ダンスフォーメーションや歌割りの変更などまだまだ慣れが出てこないのか、ツアー初日となった大阪公演を観たファンからは厳しい意見も見受けられた。
僕自身、5人体制になってからは初めての現場であったために、不安と期待の入り混じった状態で開演を待った。

ソールドアウトとなったキャパ250人ほどの会場は早い時間からファンが詰めかけ、開演前からすでに熱気を帯びていた。
OAとして元BiSで現在はソロでDJをやっているDJテンテンコが会場をゆるく揺らし、さらに会場は熱気に包まれる。
そしてほぼ定刻を迎え、ついにEspeciaのメンバーが大きな歓声に包まれステージへと上がった。
今回のツアーでは会場毎にセットリストを変更するという、複数公演を遠征するファンにも配慮された構成。
横浜・横須賀のバンドには馴染み深いこの会場で鳴らされた1曲目は、1stアルバム「GUSTO」に収録された"No.1 Sweeper"
アルバム屈指のアッパーな人気曲で、普段のライブではハイライトともなるキラーチューンをいきなり最初に持ってきた。
そして、"ミッドナイトconfusion"と、これまた普段はラストやここ一番というところで披露してきた曲で畳み掛ける。
人気曲を序盤で披露する攻めの姿勢と、新体制へ寄せられる不安を吹き飛ばすかのような力強さが感じられた瞬間であった。
ある種の決意のようなものにフロアも応え、序盤から早くもハイライトを迎えたかのような雰囲気を作り出した。
こんな飛ばされたら着いていけませんよ、と泣き言を言いたくなりそうになったところで"アビス"や"嘘つきなアネラ"といった曲で緩やかに揺らし、まるで大人の女に上手く弄ばれているような錯覚にも陥った。
ひとつ偉そうなことを言えば、途中歌が安定しなくなる場面もあったが、それは今後上手くやれるはずだ。

中盤以降もレベルアップした安定感のあるダンスや歌で魅せていた。だが、正直に言うとあまりにも気分が高揚してお酒を飲み過ぎたため、ほとんど音に身を任せ踊り狂うような状態で、中盤以降はあまり覚えていない。ただそれほどまでに最高だった。


今回5人体制のライブを見て、失礼ながら感じていた不安は僕の中では完全に吹き飛ばされた。
個人的には三ノ宮ちかさんの歌がもっとフューチャーされればいいのになぁと思うほど素晴らしかった。
まだまだツアーは各地で続き、12月には初の東京でのフルバンドワンマンライブも開催される。チケットはまだ購入出来るようなので、興味を持ったなら是非に。
もともと楽曲に関しては、「アイドル」と侮っていては吹っ飛ぶほどのクオリティなだけに、より成熟したEspeciaのパフォーマンスが楽しみだ。

「い」椅子の話
僕は毎日何かしらの椅子に座っている。
家にいれば座椅子に座るし、職場ではオフィスチェアのようなものに座る。
空いていれば電車の椅子にだって座る。
座るという行為が当たり前過ぎて、それ自体に意味を感じないけれど、不思議と安心感があるように思うの。
座るに付随する擬音って「ふぅー」とか「ちょこん」とか、どこか気の抜けたものが多いじゃない。
なんか安心感のある行為なのよね、多分。

座るという行為は人間の欲求の中で、かなりのウェイトを占めているはずだ。
人類が進化していく過程で、かなりの労力を快適に座るという部分に割いているのではないかなと思うほどに。
そんな人類の欲求を満たす行為を、やはり僕も行っていた。

中学生の頃、教室の椅子の座り心地が少し悪かった。
女子生徒などはクッションを用意したりと、なんとか対策を取っていたが、僕ら馬鹿な男子チームはそんな野暮な事はしたくはない。
反抗したい真っ盛りな時期だったために、思いっきりぐでーんと座ることで快適に座ることを追究したのだ。
そこから、俺たちの戦いは始まった。
いかにぐでーんと座れるか、そんなことを一日中考えてたように思う。
そして、馬鹿なりに考えに考えを重ね、ひとつの結論に至った。
それは、背もたれ部分を大きく曲げる。

快適な椅子とは、座る部分が安定しており、背中を任せる部分がどこまでも包み込んでくれるものだと信じていた。
飛行機や新幹線のリクライニングの様なものである。
座る部分の硬さは申し分なかった。むしろ、硬すぎるくらいである。
そうなると、おのずと手を加えるべきポイントに光は差した。
それからというもの、どうすれば大きく背もたれ部分を曲げる事が出来るか、その一点に集中したのだった。
与えられた課題は、誰もがぐでーんと座れる曲がり具合。
試作を重ねるも、思うように曲がらない背もたれ。作業時間は部活などの関係もあり限られていた。
男たちは途方にくれた。

プロジェクエーックスbyプロジェクトX

思うように作業が進まないある日、技術の時間に使った万力がヒントとなった。
「そうだ、重いもので椅子を固定して、力一杯引っ張ればいいんだ」
すぐさま、学年中から体重の重い人を集め椅子に座らせる。そして、力一杯背もたれを引っ張った。

曲がった

「これなら短時間で大量生産も可能だ!」
「これは世紀の大発見だ!」
プロジェクトチームに活気が戻った。
そこからすぐに量産を開始し、瞬く間にぐでーんと座れる椅子が流通した。
クラスメイトの喜ぶ姿、ぐでーんと座る様子。
今までの苦悩が報われた瞬間だった。

ヘーッラーイテーッラァーイ
たーびはーまだおわらぁーないぃー
by中島みゆき

片田舎の教室の隅で起こった奇跡は、その後他のクラスへも広がっていき、ぐでーんと快適に座る事の出来る椅子は一大ブームとなった。
子どもたちは笑顔を取り戻す。
男たちは暫しの休息を得た。ぐでーんと座る椅子に腰掛けながら。


「椅子よ曲がれ!~人力で鋼鉄を曲げた男たち~」


以上。
最後の方は飽きてきたので、かなり適当にやりました。
ちなみに後日談ですが、計画に成功した翌日には先生にバレて、もれなく元に戻りました。
陰でこっそりやっているつもりでしたが、バッチリバレていたそうです。
コッテリ絞られた後、元ヤンの先生から「俺も昔やったけど、椅子をひっくり返して、直角になっている部分を足で踏めば簡単に曲がる。お前らテコの原理習っただろ。」とアドバイスを頂き完全敗北。
PTAでも話題に上がったそうですが「
やってる事はたしかに悪い事だけど、とにかくやり方が幼稚過ぎる。本当に素直な子どもたちですね、はははっ。」くらいだったらしい。
所詮子どもなんだけど、あまりにも子ども過ぎた。そんな椅子の思い出。
「し」進化の話
身の回りの物は、目まぐるしい進化を遂げている。
例えば、今僕が手にしている携帯電話が、身近な進化の一つだろう。
20年前の人が今のスマートフォンを見たら、おそらく空飛ぶ車は実用化されていると信じるくらいの進化を遂げていると思う。
よく言われるが、空想の話がどんどんと現実味を帯びてきているのだから、よく考えると何だか怖い気もする。
僕が今適当に考えたアイデアでさえも、何年か後に本気で実現させようとする人が出てきてしまうかもしれないからだ。
そうなってくると、おちおち下らない妄想もしていられらない。

僕の大好きな野球だって、常に小さな変化を繰り返し続けている。
例えば変化球にしてもカーブが主流だった時代から、スライダー、フォークなどと流行りが変化していき、今はよく分からない名前の球も存在するのだ。
というよりも、多分名前をつけた者勝ちみたいなところがあるので、今日もどこかのグラウンドで生み出される小学生の考えたよく分からない球だって、立派に野球界の進化に貢献しているのだ。
それがたとえ単なるシュート気味のストレートだとしても、その球で三振が取れれば彼らにとっては「魔球」となるので、もし大真面目に野球を続けてプロ入りしてもその球を投げ続ければ「今日の決め球は、小学生の時から投げているスーパーエクスプロージョンダイナマイト3でした。」なんて言葉も聞けるかもしれない。
見ている側からしたら、エクスプロージョンでダイナマイトという物騒さもそうだし、いきなり3なんて言われてもという困惑もあると思う。
なので、今日魔球を投げようとしている小学生には、まず名前を熟考してから年上の人などにも相談した上で投球してもらいたい。

映画なんかも進化が分かりやすいだろう。
CG技術の進歩は目を見張るものがあるし、昨年大きな話題を呼んだ「ゼロ・グラビティ」のような3Dを効果的に駆使した作品も出てきて、今新たなタームを迎えているように思う。
僕自身も「ゼロ・グラビティ」を見るまでは3Dに懐疑的だったのだけれど、すっかり感動してしまい帰りの電車で未来人にでもなったような気分になったことを覚えている。
ただ、映画、特にCGに関して言えば、ひとつ言いたいこともある。
あれはもう10年近く前になるだろうか。
僕の大好きな映画のひとつに「スターウォーズ」という作品がある。という、なんて言葉は不要なくらいの超有名ヒット作だが。
それが新シリーズを公開するということで、記念すべき新章第一作の上映を迎えた。
それが、今となっては駄作との呼び声も高い、エピソード1ファントム・メナスである。
当時小学生ながらすっかり旧シリーズの虜となっていた僕は、最高のテンションのまま劇場へ足を運んだ。
よく分からないけれど、まあ面白いくらいの感想だったのだけれど、ひとつ腑に落ちないことが。
それはヨーダがCGになっているということだ。
旧作ではパペットを使っていて、それが良い味を出していたのだけれど、CGとなり無駄にヌルヌルしているヨーダが新章ではスクリーンに登場したのだった。
子供ながら少しがっかり、でも画質は良い。
そんなアンビバレントに悩まされながら、どうして良いのか分からない感情を色々なものにぶつけ、そして非行少年へ・・・なんてことは無かったが、とにかくガッカリした。
進化して便利になることの方が多いけれど、趣までも失ってしまうのであれば、それは必要なのかなぁなんて思う。

まあ、僕は今のフルCGの映画とか大好きですけどね。
最新技術最高、懐古主義なんてクソ喰らえ。そんな顔して、心では泣いています。
前回の続き。今回は果てしなく気持ち悪い上に、文体も滅茶苦茶だ。ただ、これは公開しているものだが、俺のための回顧録である。忘れたくないから残しておく必要があるから書くだけだ。


AKB48をきっかけにアイドルにハマったとは言ったものの、実は数曲を除いて曲は全くハマっていなかった。
だから当然CDも買っていないし、そのため握手会も未経験であった。
所謂「在宅」というものである。
なので家で楽しめる部分は盛大に楽しんだし、AKBに関する論評なども読みあさった。
ただ、大元の部分の楽曲に関しては楽しめないでいた。
そんな中、2014年2月についに劇場公演へ足を運ぶ。失礼ながらメンバーはみんな可愛いということや、大きい音で聴くといいなぁなんて感想はあったが、コールなどには一切馴染めず、音楽を楽しむのには窮屈な空間だなーと少しドンヨリした記憶がある。

やはり音楽を楽しみたいという気持ちから、所謂「楽曲派」と呼ばれる楽曲が高く評価されているアイドルを聴き漁るようになった。
そして、いくつかのグループを聴いていく中で、あるガールズグループに出会った。
それが今回の主題としたかったEspeciaという、大阪を拠点に活動する「6人組」だったグループである。
ここまで来るのに前置きが長すぎた。
ちなみにこれが今年の6月くらいの話である。
ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフルで知ったのか、ネットのレビューで見たのか、ほんの数ヶ月前の話にも関わらず全く覚えていなかったが、たしか初めて音源を聞いたのはSound Cloudだった気がする。まあ、ここはどうでも良い。
とにかくだ。良い評判を聞いていたので「どんなもんかねー」くらいの気持ちで聴いてみたら、まさに世界が変わるほどの衝撃を受けた。
完成された80's風の楽曲に、まだまだ成長段階にある歌が乗る感じがまさにツボ。もうとにかく聴きまくった。
恥ずかしながら、当時新卒での就職に失敗しバイトもせず全くの無職だったため、時間が過ぎても過ぎても進まないくらいだったので、とにかく一日中聴きまくった。
そして、こんな素晴らしい音楽にお金を払わないなんて!と思い、すぐにCDを買いに行かなければと渋谷のタワーレコードに向かった。
まったく情報を仕入れないで行くと、なんとタイミングの良いことか、どうやら彼女たちの1stアルバム「GUSTO」がリリースされた直後だったようで、それを購入し信じられないスピードで帰宅した。
普段は使わない急行電車に乗ったということからも、その時の俺が信じられないスピードで移動していたことは想像出来るだろう。
すぐさまプレーヤーにぶち込み再生ボタンを押し、スピーカーから流れる音は「最高」以外の言葉をしばらく口に出来ないほどに良かった。
こんなふざけた書き方をするとアレだが、本当に良かった。ここ最近では珍しいほどにヘビロテしまくった。なるべく明るい気持ちでEspeciaを聴きたいからという理由で、朝の散歩を日課にしたほどだ。


そんなこんなで一日の中にEspeciaを聴くという事が加わる。また、それ以外にもメンバーのブログやツイッターなんかを覗くこと楽しんだ。
そして、メンバーのことも少しずつ分かっていく中で、グループ内に推しが出来た。
杉本暁音ちゃんという子である。
単純に顔が好みというのもあったが、ブログやツイッターで綴る言葉から活動への誠実さや人としての温かさが伝わって、素直に憧れたし尊敬した。
なんだか人間臭いところが良かったのかもしれない。人間なんだから当たり前なんだけどさ。

当時絶賛無職の俺は朝日とともに眠り、夕日を目覚めの合図にするという、妖怪でなければクズ中のクズのような生活を送っていた。もちろん俺は妖怪ではないので、とにかくワールドクラスのクズだった。少なくとも神奈川県では5本の指に入るクズだっただろう。
そんな生活を送っているから何も上手く行かない日々が続き、全く心に余裕が無くなる。日々の不安を虚勢で隠し、たまに会う友人には普段以上の卑屈さをぶつけ、そんな事が正しいのだとなんとか自分を保っていた。はっきり言って最低である。
そんな卑屈の塊となっていた時、ふとツイッターを開くとそこには暁音ちゃんがいて、フフッと笑える事や少し心配になるほど暗い事、思わずハッとなるような言葉が綴られていた。
そういうのを見ていたら単純に暖かい気持ちになれたし、なんだか自分と似た考え方の人っているんだなーっていう安心も感じた。
なんか俺の中身が暴かれていく気分にもなった。当然俺に向けられた言葉では無いのだけれど。
深夜の暁音ちゃんの言葉は暗く鬱屈した夜更けを迎えた俺には優しく響き、徐々に徐々に深い闇の底から拾い上げられていく。
そして、安定したものでは無いが、とりあえずの職に就いた。
間違いなく俺は暁音ちゃんに救われたと思う。

そうなってくると直接感謝の気持ちを伝えたいという思いが湧き上がってきて、いよいよ俺は今まで避けてきた接触イベントへの参加を決意する。
仕事の都合でなかなか行けるイベントに巡り合わなかったのだが、ちょうど新潟を拠点に活動するアイドルグループNegiccoとの一夏限定のグループNegipeciaの結成に伴うツアーがアナウンスされ、運良く8月26日の東京公演の日に休みを頂いたためすぐにチケットを取った。
また、初となる全国ツアーが10月からスタートと決まり、そのチケットもすぐに取った。
そして迎えた8月26日、会場はリキッドルーム。
何度も行った会場であったがいつもとは違う緊張感があったのは、憧れの人に会えるんだというところからきていたのだろう。
物販でCDを購入し特典会参加券を手に入れた俺は、ついにハイタッチ会&チェキ会に臨んだ。平日17時という時間帯の割には多く集まった人の影から見えるメンバーの姿に、思わず「可愛い」と口から出してしまいそうになりながらも順を待つ。
そしてついに案内されハイタッチへ。意外と一人と話す時間がゆったりしていて、色々伝えられそうだなぁなんて思っていたが大きな間違いだった。
あとから思い出したが、俺は女性と話すのが極度に苦手だったのだ。
当然言葉が上手く出ず、よく分からないままハイタッチを終えた。しかし、なんだかとても夢のような時間だった。
それまで握手会に行く人というのを少し軽蔑していたが、実際に行ってみるとそんな考えが彼方へ吹き飛ぶ程の楽しさだった。
その後メインとなるチェキによる2ショット撮影。当然暁音ちゃんを指名した。
憧れの人と写真を撮るなんて、6歳の時にウルトラマン(人間サイズ)の撮影会に参加して以来なので、実に18年振りのことである。
前に並んでいる人たちの作法をよく見て、事前にポーズを決めた方がいいんだなとか、意外と色々やってくれるんだななんて思っていたら自分の番となり、何を思ったかメロイックサインでの2ショットを要求。メタラーでもなんでも無いのに。
近くで見る暁音ちゃんはより可愛くて、もうとにかく可愛いという言葉しか出なかった。
その時の興奮具合は酔っ払って書いた日記からも伺える。
ライブ自体も素晴らしいの一言に尽きる。
結成2年目、まだまだ伸びしろはある段階ではあるが、独特の雰囲気を作り上げフロアを揺らすEspecia。長いキャリアに裏打ちされた確かな技術で、前の雰囲気を一気に自分たちのものにするNegicco。
そして、この夏の俺アンセムとなったNegipeciaの"Girl's Life"。
どれを取っても最高の瞬間だった。
また、リキッドルームは後方に一段高くなっているエリアがあり、身長のかなり低い俺にも優しく可能な限り暁音ちゃんを凝視していた。
最高な気分のままに帰宅し、初めてブログにコメントを残したりもした。

そんな最高な夜が終わり、8月30日を以てNegipeciaは解散した。
そして急遽、翌日の8月31日にEspeciaが大阪で無料ライブを行うことがアナウンスされる。ユーストリーム配信も行われるとのことだった。
なんだろうな?新曲発表かな?くらいの気持ちで31日を迎え、その日朝まで飲んだアルコールのせいで冴えない頭のままユーストを見た。
何曲か終えたところで、普段MCなどをしない暁音ちゃんにマイクが渡り、紙を持って前に出る。
「あれ?この光景どこかで見たような。」と思った次の瞬間には、すでに「10月4日を以て杉本暁音脱退」が発表されていた。
残ったアルコールのせいか、自分の理解が追いついていないせいか、状況を飲み込みたくても全くそれが出来ない。
俺は初めて推しの脱退を経験した。
わずか数ヶ月前に知って、たった1回ライブに行っただけの俺でもこんな状態なのだから、昔からのファンの人は相当の衝撃を受けたことだろう。
何故だか涙が出てきて、そんな自分がよく分からなくて余計に涙が出た。
そして、再び暗く鬱屈した世界に引き込まれそうになる。
だが、そんな時にまたしても暁音ちゃんが俺を引き上げてくれた。ツイッターでのいつも通りの温かい言葉と、実直な文章で綴られたブログ。俺は沈みきる前になんとか戻って来れた。

それからの約一ヶ月。俺は可能な限りライブに足を運んだ。そして、あんなに避けていた接触イベントにも参加した。
ただただ感謝が伝えたかったから。
言葉ではどうにも無理だと、手紙を書いたりもした。
そんな話を友人にしたら、気持ち悪いなと少し笑われたりしたこともあった。良い友人なので俺も笑って返したけど。
ただ、とにかく今しかない瞬間を無駄にしたくはなかった。
伝えたい事も山ほどあった。
Especiaの暁音ちゃんにとって最後となる大阪でのライブのチケットも取った。
これが俺にとって初の遠征となり、おそらく最後の遠征になる。

前日の夜、夜行バスで東京を飛び出し大阪へ向かい、ついに10月4日を迎える。
朝の街は驚く程に静かで、本当に世界が動いているのか疑うほどであった。
慣れない上に苦手な車移動で吐き気がすごかったが、時間もあったのでどこに行くわけでもなく街を彷徨った。
街は動き始め、時間はどんどんと進んでいく。
予定の開場時間から少し経ったくらいに会場に着くと、そこにはすでにファンが集まり始めていた。どうやら開場は遅れているようであった。
大分遅い番号でやっと入場した時にはすでに開演間近となっており、急いで物販を購入しフロアに出ると、そこは人で埋まっていた。誰もが不思議と笑顔で、まるで今日も普通のライブのような、そんな空気だった。
SEでかかるNegiccoの”圧倒的なスタイル”にニヤリとしたところで、いつものオープニングSEが鳴り響きフロア全体が揺れる。
そして、ついに6人がステージに現れた。
アルバム「GUSTO」の曲順通りにセットは進み、暁音ちゃんはいつも通り汗だくになりながら歌い踊った。
ライブレポは昔からどうも苦手なもので、その時の空気感を上手く文章化することは出来ない。
ただ一つ書けるのは、暁音ちゃんはずっと笑顔だった。それも素晴らしいほどに。
その笑顔を見ていたら、なんだか急に涙が出てしまう瞬間もあったが、2時間ほどのライブが終了し、いよいよ本当に終わりを迎えようというしていても、会場は不思議と多幸感に満ち溢れている。
暁音ちゃんは本当に最後まで笑顔だった。
これほどまでに前向きな雰囲気の脱退ライブは今までにあったのだろうか、というくらい誰もが笑顔でいた。
ライブ終了後に行われた撮影会でも、集まったファンは皆一様に笑顔で終始温かい雰囲気で進む。
そして、皆「またどこかで」と口を揃えて言った。

帰り道、海に浮かぶ関西国際空港へ向かう途中に見た、よく知らない街とよく知らない凪、それと夕日。
それが目に入った時に虚しさみたいなものが心に浮かんだが、「またどこかで」という言葉で俺はフフッと笑顔になれた。
やはり、最後まで救われていたのだ。
2014年10月4日。俺の中でひとつのことが終わりを迎え、そしてひとつのことがまた動き出した。
気がついたら、俺の日々も、誰かの日々も、まるで何も無かったように動いていた。
最後まで上手く話せなかったし、100%の感謝を伝えきることは出来なかったけれど、きっとまたどこかで会えるだろう。
本当の終わりなんてのは、本当に日々が終わってしまうまで来ない。
どこかでまた会って、どこかでまた別れての繰り返しが日々だ。
上手くいかないことや、苛立ちだって日々や俺や誰かの一部。
少し明かりの見える方向に進んでいけば、そのうち別の明かりが見えたり、その明かりが確かなものだって分かるようになる。
だから大丈夫。どっかで上手くやれるはずだ。


10月13日
誰が読んでいるか知らないが、俺は文字並べをする上で、タイトルは内容とは全く関係無いものにしようとしている。
こんな下らないものに真剣にタイトルを付けるなんて無駄だし、格好良いタイトルを付けてもなんだかなぁという気がするからだ。
ただ、今回だけは別である。
タイトルの通り、10月4日の大阪での事について文字を並べていく。

俺がドルアイちゃんことアイドルにハマってから数年が経ったという話は以前もしたが、ハマったきっかけはAKB48のドキュメンタリー映画だった。
それが2年前の12月のことである。
当時大学の留年が決まり、少し自分のこれからに悩んでいた時期に偶然「DOCUMENTARY of AKB48 to be continued 10年後、少女たちは今の自分に何を思うのだろう?」という作品と、「DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら、夢を見る」という作品を観た。
はっきり言うと、それまで俺はアイドルを嫌悪していた。
アイドルのせいで日本の音楽シーンが死んだなどと、勝手な被害妄想を抱くほどに。
ただ、その思いは確実に変わった。
特に2作目の「DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら、夢を見る」は、自分が今までアイドルを馬鹿にしていたことが恥ずかしくなるほど、作品として素晴らしかった。
やっぱりアイドルと言っても普通の女の子で、挫折や上手くいかないことが普通にあって、それでもステージでは笑顔でいるという、誤解を恐れずに言えば「異常さ」みたいなものに惹かれたのだ。
そこからAKB48を追い始め、所謂ドルヲタの世界へ足を突っ込んでいった。

思えば俺は、おそらくAKB48直撃世代だ。
うっすらながら、朝のエンタメ情報で秋元康が新たにアイドルをプロデュースしたというニュースを見た記憶がある。
音楽にもそこそこ興味があったので「スカート、ひらり」という曲を出したということなど、かなり薄く活動に関することは知っていた。
ただ、全くハマらなかった。当時高校生の俺は所謂「ロック保守派」な上にロッキング・オン信者だったので、ロックバンド以外は受け付けないどころか、壮絶に嫌悪していた。
周りにアイドルにハマっていると公言する人もいなかったので、どこか自分とは関係のない世界の話だとも思っていた。

しかし、その後上京して大学に入り、状況は一変する。
入ったサークルの中で、何人かの友人がAKBの握手会に行ったと話していたのだ。
軽いカルチャーショックを受けたことは、鮮明に覚えている。
その頃には「握手会に行くために」CDを買う人の存在なんかも知っていたから、はっきり言うと少し軽蔑していた。
音楽本来の価値が、あの銀盤が持たなくなってしまった。そして、その原因がアイドルにある。だから、そういう風に音楽に接する奴とは距離を置きたい。そんな気持ちだったのだ。
友人たちからは可愛い子いるよーなんて、まるで風俗のような誘いも受けたが、俺はそんなものに金を使うより、もっと本当に聴きたいCDがある。そう思って、その誘いを突っぱねていた。

そんなこんなで、アイドルとは距離を置き、芸能ニュース程度の知識しかなかった俺が前述の通りアイドルにハマっていった。
長くなったが、ここまでが前置きである。
ここから本題に入るが、おそらく文字数制限もあるので、ひとまずこの辺りで。
ここを明らかにしておかないと、次の話への繋がりが悪くなってしまうので、申し訳ないが次回へ持ち越す。
「た」煙草の話。

まず初めに書いておくと、俺はこのご時世に喫煙者だ。「愛煙家」なんて自己防衛の言葉があるが、俺は別に煙を愛している訳でも無いし、何より煙草を咥えるという行為に後ろめたさみたいなものも感じるので、愛煙家なんて言葉には違和感がある。
だから俺は喫煙者という言葉を選ぶ。
煙草と言えば、臭い、本人にも周りにも身体に悪い、金の無駄などなどネガティヴなイメージが渦巻いているだろう。
全くその通りだ。
無駄であるし、自分も、時には周りの命も擦り減らしながら、モクモクしたものを吸い込むという行為に果たして意味なんてあるのだろうか。

俺が初めて自発的にモクモクやったのは、1とその他の数字を組み合わせた年齢の時だった。一切自慢することでは無いが。
その時は、所謂貰いタバコだった。大学に入り驚いた事は、とにかく周りに喫煙者が多かったということである。とにかくサークルの集会所みたいなところは、広い講堂のような建物にも関わらず、いつも煙っぽかったような記憶があるほどだ。
まだ喫煙に関する規制が緩かったので、大学構内でも煙があちこちから上がっていたりもした。
信じられないかもしれないが、教室を出たすぐ隣に喫煙所があったりしたのだ。

そんなこんながあって、家族に喫煙者が居なかった俺ではあるが、一気に煙草が身近なものとなった。しかし、俺はそこで煙草に手を伸ばさなかった。過去に喘息を患っていたということもあるし、なによりもファーストコンタクトが悪すぎた。
所謂「ヤニクラ」というもので吐き気が凄かったので、よくこんなものを吸って平気な顔していられるなとも思ったのだ。
そこから煙草には手を出すこともなく、二十歳の誕生日に挑戦してみて、やはり壮絶な吐き気に襲われて断念したり、全く縁も無く数年を過ごした。

そんな俺が、再び煙草を咥えるのは2013年。
結論から言うと、俺は大学を留年したのをきっかけに煙草を手にした。
言うのも憚られる程の荒んだ大学生活を歩んでいただけに、薄々分かってはいたのだが、いざ本当に留年生活に突入すると心は落ちるものである。
これは、特に卒業年次に、留年した人にしか解りえない感覚だろう。
周りの友人たちは就職し新たな道を歩み出しているのに、自分だけずっと遠くに取り残されているような気持ちになるのだ。
こんな言い訳を並べても仕方が無いが、とにかく社会に反した行為をして、なんとか自分を保っていたかったという思いがあったのは事実である。
最高に馬鹿っぽいっと思ったのだ。

それからというもの、俺の一日に「喫煙」という習慣が加わった。
良い事なんて何一つないと思っている。
別に気持ちが落ち着くわけでも無ければ、喫煙によって抜群に頭が冴えるわけでもない。
走ってもすぐに息が上がるし、悪いことの方が多い。
ただ、なんだか離せなくなってしまっている。
良い女は危険を匂わせている、というものに通じるのだろうか。
あとは、煙を吐き出し見上げる空が、なんだか普段よりも綺麗に見えたりもする。
それは俺の精神年齢が中学生で止まっているから、異常なまでの自意識過剰から来ているのだろうけれど、なんだかとても空が広く見えるのだ。
吐き出した煙が空に溶け込んで、それからどこかへ消えてしまう。
そんな形のない自由さへの憧れもあるのかもしれない。

ただ、煙草は身体に悪い。
吸おうと考えているキッズがいるならば一言、やめておいた方がいいぞとアドバイスを。
喫煙所探している時間って、滅茶苦茶無駄だからな。
だからといって歩き煙草なんて以ての外。
とにかく煙草は全てがダサいからな。
今、別に誰かが死んだり、何か大切なものを失ってしまった訳ではない。
ただ何事にもいつかは終わりが来てしまうのが、俺たちの日々である。
ただ、それでも日々は続いていく。
もちろん、俺の日々も君の日々も。

俺は「日々」という言葉が好きだ。
毎日って意味合いだけれど、その毎日の幸せや悲しみ、出会いと別れ、色んな人生の中身を内包しているような気がして、とても便利に感じるからだ。

俺の中で一つの事がひとまずの区切りを迎え、そしてまた動き出した。
それに意味なんて無いよって言う人もいれば、それは日々を彩る一つのポイントだよって言う人もいる。
どう言われようが他人には関係の無い話だ。
俺の日々は俺で何とかするし、君の日々も君が何とかするしかない。
結局最後の扉は自分の力でしか開かない。

ただ、そこに至るまでの分かれ道や扉は、そこで会った人たちに助けられて潜り抜けている。
少なくとも俺はそうだ。

とりあえず日々は続いていく。
いつ終わってしまうか何て事は誰にも分からないが。
終わりを迎えるまでは続いていくし、続けていかなければならない。
自分で終わりを選ぶ事は出来るけれど、そのもっと先に何が待っているか想像もつかない時に終わらせてしまう事を、俺はしたくはない。
絶望も待っているけれど、そのもう少し先に希望が待っているかもしれない。
もしかしたら気付かないだけで、もう足下に転がっているかもしれない。

そうやって日々は続いていく。
本当の終わりが来るまで、終わりなんて来ない。また何も無かったように続いていくだけだ。
今日もまた、俺の日々も君の日々も続いている。

別に病んでる訳では無い。ただ、俺の中で一つが区切りを迎えて、そしてまた動き出してくれただけだ。