『おぃ、お前』


そろそろ包帯も取れようかという頃。突然、光海の君に声を掛けられた


『へ、へぃ』


ちょっと来い。へ、へぃ...何だろう...すたすたと歩く、その背中についていく


『入れ』


招かれたのは、光海の君の居室で。し、失礼しやす...初めて目にしたその部屋は。何て言うかその...殺風景というか...


光海の君は、引き出しから紙包を取り出すと。俺の前に広げた


『飲め』


東方から来た医師が煎じた丸薬だ。滋養に良いと聞いている。あ、ありがとう存じます。白磁の器に白湯が注がれる。いま飲めってことか...小さな丸薬を口に放りこみ、出された白湯で飲み下した。うぅ...苦味が喉の奥に広がる。思わず顔をしかめると。光海の君がふっと笑った。あ...微笑みに。心の奥がじんわりとした。良薬は口に苦しと言うからな。今度は琥珀色の茶が注がれる。良い香りだな...


『そろそろ、仕事に戻れそうか』


へ、へぇ...あれから。晴の兄貴が、玉子やら薬湯やらを差し入れてくれて。多少、跡は残ったけど。傷もふさがったし、痛みもない。それに。自分でもびっくりするくらい、血色が良くなった。やはり。気にしてくれていたんだろうか...


『吸うか?』


光海の君が。煙管を差し出す。いぇ...あっしは...そうか。慣れた手つきで、火鉢の火を煙管に移して。ぷかりと煙を吐いた。繊細な装飾の煙管に添えられた指先も。何もかもが浮世絵のようで...他に用事があるんだろうか...それとも。もう暇が告げた方がいいんだろうか...判断がつかず、もじもじとしていると


『お前。男を知っているだろう』


へ...予想外の事を言われて。はっと顔を上げると、光海の君と目が合った。その深い色に。心の底まで、見透された気がして...二の句が継げなかった。火鉢の縁に、かつんと煙管が当たる音で。我に返る


『ここは外も中も、いろんな輩がいる』


気をつけろ。己の身は己で守れ。へ、へぇ...煙管にぷっと息を入れて、灰を落とすと


『戻れ。もう宵だ』


へ、へぇ...ずりずりと、後ずさって。俺は。その言葉の真意を、図りかねていた



《つづく》


※きのーの更新です