忠烈沮君之墓
竹簡をまとめて鑑定して、全部崩れる~あると思います。
『忠烈沮君之墓』という依頼の話でした。
実際は、許昌の0-5にいる「陳琳 」から豫州の7-4の『忠烈沮君之墓』に《沮君を悼む詩》を捧げ
「陳琳」に報告する依頼になります。
さて、『忠烈沮君之墓』というのは袁紹に仕えていた沮授の墓です。
『三國志Online』では登場しておりませんが、この沮授は非常に優れた参謀または軍司令官であったようです。
しかしながら次第に、袁紹に無視されるようになり「官渡の戦い」で袁紹が、沮授の言を受け入れていれば
勝敗は逆転していた可能性が高いとも言われています。
陳琳と同じように捕らえられ、曹操 は配下に迎えようとしましたが沮授はこれを拒否をし、曹操は沮授の能力を
惜しんで処刑しようとしなかったのですが、沮授が脱走したためやむなく処刑しました。
曹操は、死を悼んで『忠烈沮君之墓』と記した墓を建てたそうです。
『忠烈沮君之墓』に《沮君を悼む詩》を捧げます。
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