3月1日、高校は卒業式。



1月くらいから、淋しさとのせめぎ合い。

喜怒哀楽すべての感情がひしめきあってた。

この感情たちを味わいつくそう。

そして、3月1日を迎えよう。

どんな気分でいたいか?





晴れやかなお天気とともに、
次の世界へと羽ばたいていきました。


サモトラケのニケのような雲まで見た。
翼を広げて、飛び立っていったんだな。







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翌日から伽藍とした教室。
そうか、もうみんな登校してこないんだ…
頭ではわかっていても、
心が追いつかない。

miss  you

それも味わい尽くそう。









感染症防止のため、子どもたちは雑巾がけが

タブーになっていた。

教室は玄関のすぐだったので、

砂ぼこりが溜まる。

ほぼ、毎日私は雑巾がけをしていた。

なんか無性にしたくて、不思議だった。


4、5月の休校中も。

登校が始まって、

いろんなことが繰り広げられて。

反抗期⁉︎ってときもあったり。


とにかく、床を綺麗にしたかった。

体調的に辛いときもあったけど、

雑巾がけだけは何故か軽くできた。


雑巾がけが私の分担みたいになってた。


みんなが卒業した今も続けてる。

ほぼ、毎日。






教室って、何か神社みたいだなって気づく。





昔、夫に教えてもらったこと。

初めて、普通高校に赴任する前。

40人とかまとめれる?

めっちゃ怖いーーーってなってたとき。



 教室の特にロッカーの上、鬼門だから。

 絶対、キレイにしとくといいよ。

 そうすると、クラスは荒れないよ。



それを素直に実行。

確かにクラスの居心地よかった。

教室を綺麗にしておくのは、

私としては大事なこと。


今回、久々に担任をした。

異動して、不安もあった。

そして、床を磨いた。

一番、汚れるところ。





本当に素敵なメンバーだった。

個性豊かな子どもたちだった。


 自分で選んで

 自分で決めて

 その結果は自分で責任を引き受ける



私は今回実験していた。



「先生の言うことを聞かせたい」

これを全部捨てること。


称賛も叱咤も激励も承認も

相手を動かすために言動をしないこと。


先生と生徒と保護者の立場を

フラットにすること。






できるかどうかもわかんない。

正しいかどうかもわかんない。


でも、やってみたかった。

先生はいつまでも先生として

存在しなくていいのでは?

先生なんて忘れ去って、

羽ばたいていってくれればいい。

そのためのお手伝いができたらいい。

そのくらい、軽々しい存在でいい。










この答えは…まだわからない。










けど、気づいちゃった。

教室は神々の集う場。

10月に出雲大社に日本全国の神様が集まる。

そして、縁結びの相談をする。

出雲は10月が神在月。

教室は一年中、神在月。

そんなイメージ浮かんできた。


八百万の神々が集まるにぎにぎしい場。

だからか、春に植えたリュウキュウアサガオ

12月まで花があった。

弥栄ってこと⁉︎


これは最盛期の写真^_^  ↓




神っていっても一神教の絶対神ではなく、

アニミズム的な八百万の神々😍

生徒も、先生も個性豊かな愉快な神々。

もちろん、保護者も業者さんも。


和やかなときもある。

荒ぶるときもある。

にぎやかなときもある。

いろんなときを紡ぎ出す。



だから、床磨きたくなったんだねー。

神社って掃き清められてるからなー。




そして、できあがった点描画ART Tシャツ💖

『絶対的なる愛』

愛と憎しみ、愛と無関心…

二項対立を超越したところにある愛。

すべてをつつむ愛。



明日から、また床磨いていこう。