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学生と高齢者が抱える問題の解決案

こんばんはは!!
久々です。
2012年もどうぞ宜しくお願いします。



昨日、「買い物難民」と呼ばれる
高齢者を中心とした買い物が困難な人々への
解決策を考える講演会があったので、
ちょっと考えて見ました。


大学で行われたので、学生が抱える問題も
一緒に考えてみました。



最近の若者は大体お金がないと言われています。
まぁ人にもよるとは思いますが。

いま、日本の個人金融資産が約1500兆円もあるんですが、
そのうちの9割くらいを40才以上の方が持っています。
っていうか60才以上で6割持ってます。
っていうかいうか、20代、30代の資産はマイナスみたいです。笑

そうなると、働いてもいない大学生に
お金がないのは当たり前のような気がしてきます。
地方から出てきた学生は家賃なんて大きな出費です。



次に、高齢者について考えてみます。
高齢化社会の日本では、独居老人という言葉が流行っています。

要するに一人で住んでいるお年寄りですが、
彼らは何かをするにしても、体が悪くて不便だったり、
事故や病気で何かがあったときは誰にも連絡がとれず、
最悪の場合死に至ることさえあります。
また、孤独死というのもありますね。



そこで!この2点の需要と供給を満たす方法を考えてみました。
シニア向けビジネスをするというのも良さそうな気はしますが、
学生の本業は勉強です。では何をするか。


「単純にタダでお年寄りの家に住ませてもらう。」です。


学生にとってはめちゃ良くないですか?笑
お年寄りにとってはたまったもんじゃないかも知れません。笑

でもこれによって、独居老人が抱えている問題はある程度
解決できそうです。


まず、学生が住むことによって、
お年寄りに何かあっても、
簡単なことなら学生が対応できるかも知れません。
一大事でも、学生がすぐ他の人に連絡できます。

次に、学生が一人暮らしをするにあたって
日常生活として行うことをただ普通にやることが、
お年寄りにとってはかなり有難いはずです。

炊事、洗濯、お掃除などなど。まぁしない学生もいると思いますが、
そこはしてください。笑

僕もお年寄りじゃないので、実感は湧かないのですが、
調べていくとお年寄りの方にとって上の作業は大変な労力です。
ゴミ出し一つにしても一苦労です。

それを一人暮らしをする延長として
学生が普通にやってあげたら(しかも日常生活としてなので毎日!)
とっても喜ばれるに違いありません。
むしろタダで住むだけでなく、お小遣いももらえるかも。笑

独居老人といっても元々複数で暮らしていた方もいるので、
たぶん余ってる部屋なんかもあるはずです。
その部屋を掃除しないで済むだけでも
学生に住んでもらうメリットはありそうです。

家賃・食費・通信費プラスαのお金、
そこは交渉次第かも知れないですが、

掃除をするから家賃は0。
ご飯をつくるから食費は0。
お年寄りの家族に何かあったら連絡するから通信費0。とか
いくらでも交渉できそうです。

ルームシェアなんかは家賃が安くなっていいですが、
それよりも断然得だと思います。



学生側で困るのは朝まで家で飲んだりとか、
恋人を呼んだりができなくなるとかですが、
そこを逆にルームシェアしてみてはどうでしょう。
何人かで1~2万円出し合って、
飲み会をしたりとかシフトで恋人を呼ぶ日をつくれる家です。
プライベートバーなんて名前にしたら、かなりオシャレですね。

そこも工夫次第でなんとかなりそうです。



今、高齢者の買い物難民と呼ばれる人が増えてきており
深刻な問題になっています。
昨日、その買い物難民問題をどう解決するかの
講演会があり、その事務局をやってました。


高齢者向けのネットシステムを使ったり、
僕の会社でもお手伝いサービスなどをして、
解決のきっかけにならないかと取り組んでいますが、
とても難しい問題です。

それが、上のようなきっかけで解決につながるのなら
とても素晴らしいと思います。



と、最後はまじめにまとめてみましたケド!笑

おすすめだと思うので、
学生はぜひ試してみてはどうでしょう!!

おわり

中国に行ってきましたメモ。

こんばんみ。
渋谷です。
ご無沙汰の日記です。

この前中国に行ってきたので
思ったことをメモしとくます。


先輩社長が蓄電池を開発して、
中国で量産して日本で販売することになりました。

僕も少し開発に携わり、弊社からも販売する予定なので
連れてってもらうことになりました。


以下、中国で感じたことです。
行ったところは広東省の広州と東莞(とんがん)です。

あと、大前提として、
世界では日本のように一つの国が
画一的な情報を共有していることは少なく、
地域によって流行っているモノ、ニュース、新聞、習慣、言語
マナーや作法、教育までもが異なっている場合があります。

なので、中国のごく一部の地域で僕が個人的に感じたことなので
あしからず。


世界はあまりにも広い、あまりにも

■中国広東省の概要
日本の半分くらいの国土で約1億人の人口

南に香港やマカオ(現在カジノ世界一の国)がすぐ近くにある。
物価が3~5分の1くらいなので、週末には
香港とかから人が来るらしい。

以前は広東語(中国語とはかなり違う)が主流だったが、
今では中国語(北京語ともいう)が一般的になってきている。


■都市・交通
思ったよりうるさくない。
そんな自転車社会じゃない。
車とバイクが多い。
あ、HONDAじゃなくてHONYOのバイクが・・。

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道路はクラクションがうるさい。バスが一番ガラ悪い。
しかし、それほどカオスでもない。
カーナビを使っていた。

この3,4年くらいで
高層マンションがものすごい勢いで建っているらしい。
本当にものっすごい。20~30階建のビルやマンションが
10棟くらいで1セットになっていて、
しかもそれがあたりを見回すだけで5セットくらいある。
もうシムシティのノリ。

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でも高層マンションの向かいには
ぼろい商店街が広がっていたりと格差があるのかも。

おおざっぱな雰囲気が結構あった。
ビルの看板とかも新しい物が破れたり、
壊れたりしていてもほったらかしだったりした。
あまり気にならないのかも。


■教育
広州で一番の大学は中山大学。

東莞で
有名な進学校があって、
お役人や先生、大企業の子供などが通っているらしく、
9月30日はみんな車で子どもを待っていた。
すごい混んでた。
ちなみに10月1日~10月7日は中国のゴールデンウィークらしいので、
それも理由かも。


■ネット
無線LANはあまりない。

ツイッターはできないし、いくつかの単語は
検索できなかった。
中国ではフェイスブックの代わりにQQなるものを
結構使ってるみたい。
登録してみたけど、さっぱりわけ不明。

http://www.qq.com

ほとんどの人がスマートフォンを使っている。


■人々・会社
工場の社長は若い人が多い(30~40歳)

従業員がたくさんいる。
人件費がまだまだ安い。人件費は日本の10分の1くらい。

工場のアパートがある。
日本は平屋の工場が多いが、4階建で階毎に工場があったりする。うける。

中国の女性はふだん化粧をしてない人がほとんど。
化粧したらいいのに。

北京とか北の地域から来た人の方が
手足が長くきれいな人が多いとのこと。
ロシアの血とかが混じってるのかな?

最近AK98というのが中国であったが
広州ではあまり知らなかった。

一人っ子政策でみんな一人っ子かと思っていたけど
移民とかは2人まではOKとされたり、後から実施されたりしたとこもあるらしく
同い年くらいの人で妹がいる人もいた。

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■食事
料理は全て油っぽくて
ワンタンのような触感の食べ物が多い。
でも比較的旨かった。

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ご飯は20~30元くらい。
1元約13円。水は3元くらい。なので、物価は3~5分の1くらい?
でも庶民の食事は一食3~5元くらいらしい。

普通のお店にある水は口にしない方が良さそうだった。
今回はおなかを壊したりは全然なかった。

甲殻類、ナッツが入っている食べ物も結構あり、
アナフィラキシーなのでちょっと困った。

料理の皿は最初熱い御茶で殺菌してから使用する。
飲み物も熱い御茶ばかり。冷たい御茶が飲みたい。

宴会では白酒が振る舞われるが、
通常は日本と同じようにビールを飲むらしい。ビール飲みたい。
ビールは日本のよりもさっぱり目。(青島啤酒)

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店員さんは思ったよりも愛想がよかった。


■気候
緯度でいうと沖縄の石垣島くらいになるらしい。
なので9月末でも半袖じゃなきゃ暑いくらい。
みんな半袖半ズボンにサンダルだった。
たまに上裸の人もいた。残念ながら女子はいなかった。

雨がたまにすごい勢いで降る。スコールみたい。
ただすぐに止むし、気候が温暖ですぐに乾くので
あまり不快な感じはしない。


■トイレ
大体は和風便所みたいな感じで、
自分で流す水洗トイレとかが多かった。

ホテルに行ってもウォシュレットはなかった。
流行りそうだけどなぁ


■アニメ的な
トイレにあったポスターの落書きには
額に肉という文字がッ!

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テレビでドラゴンボール(古いの)やってました。
亀仙人がかめはめ波で牛魔王の城ふっとばすとこ。

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ワンピースの人形をたくさん売ってる出店がありました。
なぜか、変!を連呼したポップが・・

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以上こんな感じかなー
まず日本の半分くらいの面積で
日本と同じくらいの人が住んでるのがうけるよねー。

でも道歩いてると日本の倍の人が通るって考えると
ビジネスチャンスはすごいありそうですね。

物価は5分の1くらいと勝手に考えると
お金のリスクも5分の1?
じゃあ2倍の割合で営業できるから10倍くらいチャンス??


また、香港・マカオは週末電車で行けるくらいの距離です。

なので法人税がめちゃ安いから会社設立は香港?

稼いだお金はマカオ??w

楽しすぎる。



世界は広いね。


そして、人生は短いね。


悔いの無い人生を。再見!

炊き出しお手伝い@南三陸町

埼玉県、朝4時、11℃。
少し肌寒い。
現地の人は、当初どれくらい寒かったんだろう。
今はまだマシなのかな。

途中、寒さで目が覚めた。


***


5/18の深夜から一日だけ
被災地へ炊き出しのお手伝いに
行って来ました。

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大学の学科の友だちが続々行ってるし、
知り合いの経営者も行ったりとかで、
謎に俺も行かなきゃ!と思っていました。笑

自分も何かがしたい、
だけど何もできない。

そんな時に千葉フードリームという団体で
美味しい料理を被災地の方に作るというお話があり、
鉄平さんからのお誘いで行くことになりました!

世界の青木餃子を作りたかったのですが、ダメでした。。
その代わり餃子焼き器は大活躍しましたよ♪笑

鉄平さん、三浦さん、高木さん、
千葉フードリームの皆様ありがとうございました!


***


夜中、千葉からバスで向かう時は全然実感がなかったけれど、
埼玉あたりでふと、今から
被災地へ炊き出しに行くんだという実感がわいた。

向かう先は、
宮城県南三陸町歌津。

津波の被害が特にひどかった地域の一つだ。
屋上でSOSを送っていた小学校や、
テレビで何度も報道されていた場所もあった。

途中、福島にある支援物資の出荷場で、
千葉と現場の架け橋になってくれている方がお話ししてくれた。


「状況は生きるか死ぬかから、
どうやって生きていくかの第2ステージへ」


「色々感じることはあるかも知れないが、普段通り振舞ってほしい」



今現地ではある程度日々の食事はできているが、
みそ汁やカレーといった決まったメニューばかりなので
美味しい料理が提供されるのはとても喜ばれるとのこと。


話を終えた後、僕たちは炊き出しの現場に向かった。



しばらくして山を一つ越えると
別世界が広がっていた。

異様な雰囲気。
見たこともない風景。

辺り一面瓦礫の山が続いていた。
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代表の方の話によると、以前来たときより
だいぶマシになったとのこと。
ちなみに電柱は立っていたけれど、
今立っているのは震災後すぐに立てられたらしい。


当時は瓦礫を整理できておらず、
山にもなっていなくて、辺りは瓦礫の海。
しかも、その時は大切な人の
亡骸が至るところで見られたわけだ。

それでも、僕が見た時点でさえ
復興はまだ当分先のことのように思えた。
なぜか自衛隊の人はほとんど見られなかった。


瓦礫の一つひとつにも
それぞれのエピソードがある。
瓦礫なんかじゃなくて現地の方にとっては
全てかけがえのない思い出のモノだ。


セブンイレブンの移動型店舗が来ていた。
その車は本部から借りて、内陸から商品を持って来て販売しているとのこと。

店員さんは家族で経営している
現地の方々だった。

よく見るとその移動型店舗の隣に
見慣れた茶色い壁の残骸があった。

当時そこにセブンイレブンがあったのだ。

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使わなくなって捨てるゴミとは違って、
今まで使っていた物が突然残骸になってしまうと、
妙に生活感が残っていて、とても違和感がある。

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炊き出しをする現場に着いた。
炊き出しはサーロインステーキからローストビーフ、焼き鳥や海鮮丼など。
しかも、偶然その日には山本リンダさんやジュディオングさん、
橋幸夫さんや清水アキラさんといった芸能人が応援に来ていた。

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被災者の方は炊き出しや芸能人を前にみんな笑顔だった。
だけど、会話をしながら時折り見せる涙が悲しい。


空気が濃い。多くの人々の思いが充満しているようだ。


僕はサーロインステーキの炊き出しの手伝いをしていたのだが、
ステーキはとても人気であっという間になくなった。
1番前のお爺さんは2時間も前から並んで待っていてくれた。


その間、被災者の方から少しだけお話を聞けました。


「電気はきているところときていないとこがあってマチマチ。」

「給付金も避難所にいる人だけもらえたりとか、均等に分配されていない。自宅待機の人はもらえていない。」

「もう支援は打ち切られようとしている。
家もない、職もない、お金もない中でそれは苦しい。」

「炊き出しはほぼ毎日来てくれる。
物資もけっこうきている。」


現地では、自分の普段の感覚で考えられないことが多い。
食材を冷やす為に持ってきた氷を流しで捨てようとしたら
現地のお姉さんに止められた。

「その氷も水も使いたいから頂いていいですか?」


そこで、普通ボランティアは持ってきたものを
持って帰るのが常識なのだが、紙皿やキッチンペーパーなど
少しでも現地で使えそうな物は置いていくことになった。


また、炊き出し部隊の一部の方は避難所に顔を出すことができた。
その避難所では自衛隊が来るのが遅れたらしいが、
ある1人のリーダーが指揮して、
何週間かみんなで協力して持ちこたえたらしい。

その避難所にいるお婆さんがおっしゃったというひと言。


「辺り一面瓦礫の山だけど、ここ良いところでしょ?」


そのひと言が僕にとって衝撃だった。

まちは道路や建物でつくられているんじゃなくて、
人のつながりやぬくもりで
つくられているんだと改めて感じた。



今回のお手伝いは時間もわずかだったので、
今後も何か少しでもお役に立てることはやっていきたいと思う。


最後に、ボランティア団体の代表の1人が言っていたお言葉。


「最大のボランティアは一生懸命生きること」


僕たちにできることは
少ないかも知れないですが、
今できることを精一杯やっていきたいですね!

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