毎年年末年始は仕事が休めるはずもなく、
たいして綺麗でもないわが家を掃除する余裕もなく、
年々、せめてココだけは…から
今年は「今更もうええわ」になった。
おせちの類いも、もう勘弁してくれ、で、
わざわざ商戦に踊らされ、お正月相場のたっかぃものを買うのも
負けなような気もし、
年末、丁度ボウズが新型インフルにかかった頃、聞いてみた
「なあ、もうおせちいらんやんな?」
ちなみにダンナはどーでも良い派で、
美味いもんさえ食えれば良いと言う人。
まして、そのダンナは年末年始不在やし、
ま、すき焼きかなんかして、ちょこっと皆の大好物のお餅はあればいいかな、
くらいに思っていた。


が、ボウズ


「あのな、オカン、年末には掃除して、大晦日には蕎麦食って、
正月にはおせちと雑煮、これは日本人として必須やろ?」

・・・いつから必須やねん・・・・・

「それなら私仕事いってる間に掃除しといてぇさ、
おせちもちまちま手伝ってくれるん?」

そういえば、毎年、大晦日に仕事から帰宅したら
娘はなますだけは作ってくれていた。
それだけでも随分と違う。

「あのな、オカン、そんなんな姑さんのいる家なら許されへんで
ちゃんとやりなさい、って言われるで」
「アホか、姑さんがおる家やったら私が仕事行ってる間にちょこちょこやってもらえんねん。
せやけど、私は1人でしなアカンちゅうねん。あんたがやってくれるなら話し別やけど」
「屁理屈ばっかいわんと、さぼらんとちゃんとやり!」

・・・あたしゃ家政婦か?オマエは小姑か?
今まで、おせちやら作っていたことを後悔し始めてる。
最初のうちは、そういう事もしていなかった、というダンナの話しから
何もしなければ、何も知らないまま、
せっかくの風習を子どもらが知らないまま、というのもなあ、
みたいな事も思って続けていた節もある。

最終的に、今年も意地で、
手抜きではあるけど、例年使っている三段のお重を埋めた。
お餅は、ボウズが以前バイトでお世話になって以来お気に入りの
お餅屋さんのものを用意した。
掃除は気になる所だけではあるけど、ボウズがちまちましていた。
ま、ヤツの場合、変なとこで潔癖なところがあるんで、
許されない部分にだけ手を加えたんやろけど。


が、正月前に早々に用意したボウズお気に入りのお餅は食い散らかされ、
買い足す羽目にも陥り
大晦日&元日の朝、仕事疲れを押しながら作ったおせちは
これは好きでないだの、これはイマイチだの文句たれまくり
「じゃあ来年は作らん」といえば、
それでもないとアカンもん、とサザエさん一家が年中行事を全うしているかの様にしなアカンと言い張られ…

お雑煮は実家のものと母方の祖母の家のものが違い、
祖母の家のものが好きだった私は例年それに倣って作っていたのだけれど
今年は実家のものに忠実なものを作った。

そうしながら、ふとお重に詰め、お餅を食べ、
そんな事をしていると、自分が子どもの頃の年末年始を思い出した。
障子を張り替えたり、ストーブの上でコトコト煮ていた黒豆
餅つきの前夜には台所にたくさん水に浸してあった餅米
つきたてのお餅
その間、既に父は常によっぱらってて、
もちろんお正月も酔っ払ってて、
おせちを前に、毎年もう聞き飽きた、それぞれの言われやらの蘊蓄を聞かされ…
今思えば、つたない雑学の1つにもなっているものもあるんやけど、
ただ面倒くさかった。

元日、おせちを食べながら、
子ども等に、おせちの1つ1つについて語っていた。
まぎれもない父と同じ姿や、と自分でも思ってはいたんやけど、
子ども等「それ、毎年聞いてるで…」「ようは究極の親父ギャグの連発やねんな」等々…
・・・それも既に父と同じになっていたらしい。。。
でも、きっと、私が父に聞いていたように、
当初おせちを作り始めた時に少しは知ってて欲しいと思ったように、
子ども等に少しは日本の正月の少しが
うっすらとでも、どこかココロにのこっているといいな,とも思う。
いつまで、そうやって皆でお正月を過ごすか、もう残り少ないのかもしれない。

既にお餅もおせちもほぼ売り切れ。
なんやかやといっても、、、それでも、来年はそろそろ、もういいやろ?



$ほよ?-おせち






ええなぁ。うまそうやわ。
うちはシンプルな白味噌です。
えびの髭がピーンときているとこが、いかします。
いつか、全国の雑煮を食べてみたいと思う今日この頃です。
(January 4, 2010 20:27:09)