小学四年生の時に改築するまで、実家は木造のふるーい家だった
使わなくはなっていたけど、小さなかまどがあり、細い煙突もついていた。

今から考えれば、どう考えても無理やん、
…いや、存在自体に無理はあるんやろけど…
そんな煙突からサンタさんが入って来てくれている、と信じていた。
毎年あれが欲しい、これが欲しいとおもちゃ屋さんの広告を眺めてはいたけど
毎年枕元にはプラスチックの長靴に入ったお菓子だけ。
それでも楽しみだった。

ちらちらと周囲の友達が「サンタなんていない」と言い始めていても、
自分の家には煙突があるから、友達の家には煙突がないから、
だからそんな事が言えるんだ、と思い込んでいた。

さて、困った事に家を改築し、かまども煙突もなくなった。
新しい家ができあがったのは初冬。
嬉しいけど、サンタはどうするのだろう、、、と思っていた。

ある日の夕方新居に父の弟であり、大工さんで家を建ててくれた叔父が遊びに来ていた。
当時私は夕方から近所のソロパン教室に通っていて、これがまたすごく嫌で、
その日も出かけるのを嫌がっていたところだった。
母に、早く行けと怒られ、叔父にまでヤイヤと言われていたのがおもしろくなく、
「おっちゃん、サンタの煙突作ってくれんかったくせに!」
と反論した。
ら、叔父は真顔で「そんなもんおるか!4年生にもなって!」

どこかで、信じているというより、信じたいにはなっていたであろう
私のサンタクロースの存在がガラガラと音を立てて崩れた瞬間でした。

その後、すっかり日が暮れて真っ暗になった道を
「ホントにサンタはいなかったんや・・・」
と頭の中をグルグルさせ、ショックを受けたままそろばん教室に向かったのを
鮮明に覚えてしまってます。



子どもが物心つきだした頃から、
子ども達には成人になる頃までサンタがいると思わせよう、と思ってました。
ホンマにそうなら結構イタい子なのかもしれないけど、
それくらい純真で素直、ってイメージがあったのかもしれません。
ホントにいなかったと解った時の自分があまりにショックを受けたからかもしれません。
毎年ダンナを巻き込み、苦労して枕元にプレゼントを置いたり、
フィンランドからサンタの手紙をとりよせたり、
たくさん絵本も読んだし・・
上の子が中学生の頃まで、
半分は信じてるフリをしてくれているところもあったのでしょうが、
あとの半分は存在を否定しきれていない、
そんな風味が残っていました。

数年前、さて、今年のサンタのプレゼントは・・とダンナと相談してたら
ヤツは「もうシンドイ」
そして、数日後私に断りもなく

「あのなー、うすうす気付いてたと思うけど、サンタはオトンとオカンやってん。
もう大きなったから、今年からプレゼントはなし!」

と子どもらに勝手に宣言してしまった。

・・・最悪や。バラすにしてももう少しなんかなかったんかい・・・
私の夢も今までも苦労もぶちこわし!

楽にはなったけど、なんかなあ。。。
その前の年までは嬉々としてツリーを飾っていた子ども達が
翌年からは何もしなくなったのは、
やっぱりココロのどこかにサンタの存在を信じている所があったんじゃないのかなあ
と、おもってます。ちきしょ・・・



さて、この家に越して来た最初のクリスマス、
わが家のまだ小さかった子ども達に宅急便でプレゼントが届きました。
差出人には住所がなく「サンタクロース4号5号」とだけ
最初は全く誰か解らず、マジでサンタが現れたかと思いました。
サンタさんの正体からの後日談として、
サプライズにしようと住所も名前もなしで送るのは
最初断られまくったのを押し切らはったそうです。
コレ以降
クリスマスのプレゼントと言えば、私の中では、長靴の中のお菓子より
この粋なプレゼントが真っ先に思い出されるようになってます。