私の周りに存在している人たちと違い
何でも気軽に話せる友達が
私から卒業する日が近づいているのを察して
寂しさで一杯になりました。 (/TДT)/
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相手はまだそのことに気付いていないようで、
気付く気配もないようでした。
相手はそういう事に無頓着な人なので
今までどれほど仲が良かった人とも
自分に必要無いと気付くと
比較的簡単にスパッと切れる人なので
ここで大切なのは
「私がどうしたいのか?」のように思いました。
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今回は相手にそのことを話し、
2人で話し合って
どうすれば良いか?
2人で決めた方が良いのかも知れない。
私1人では2人の行く末を決め切れないように思い、
暫く悶々としました。
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何でも話せる友達を
私の感じている寂しさから
手放さない選択を選ぶのは
私の身勝手
私のエゴのように感じました。 (;´Д`A
友達は私に甘え過ぎる所があり
前々から
その甘えを手放した方が
友達の為に良いように感じていたので、
これは友達にとって
甘えを切るチャンスの様に思いました。
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私側の問題として
何でも気軽に話せる友達が離れると
私の周りには
私と全く違う価値観・思考・感覚を
持つ人ばかりになってしまうので、
そういう人たちに囲まれて生きて行く未来に
私は恐怖・不安を感じている事に気付きました。
私は昔の私のように
その孤独な環境に耐えられるのか?
その心配が私を覆っているいる事に気付き
友達と会話する事で
私は私の生き方を認めやすくなっていたことに
気付きました。
今まで私は友達に
そこまで助けてもらっていた事に気付いて
有難たかったと思いました。
1人では耐える事が難しかった状況を
一緒に傍で歩んでくれたお陰で
私は強くなれていた事に気付いて
「今までありがとう」と
深い感謝を贈りたくなりました。 (。-人-。)
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私の人生の中で起きる大きな変化は
大抵前もって気付ける事が多いです。
そして気付いた瞬間から
そのことを様々な方面から考えて
その日に向かうようにしています。
そうやって私の中に心構えを作っています。
事は私に心構えを作った後で起こります。
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前もって
物事が起きる前に気付けるのは
私の気合を入れ直す為だろうと思っています。
そういうお知らせは何となく
どの人にも
届いているように思っています。
それに気付けるかどうかは
その人がどれほど丁寧に毎日を生きているかに
掛かっているように思います。
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今私がここで1人ぼっちになっても
離れた所には
お互い何でも話し合える友達が存在します。
見えない存在とはいつでも繋がれるので、
見えない私の悩みを聞いてくれる存在は
沢山いるのを知っています。
その環境で私は生きているので、
私とは全く違う
価値観・思考・感覚の人たちに
囲まれて暮らしていても
周りの人に染まらない準備はほぼ終わり
その環境でも
私らしさをここで貫ける
強さが私に整いつつあるから
この状況が来ているように思いました。 (^▽^;)
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友達が私から卒業した時の流れは
私の予想から大きく外れました。
人生の転換期の流れは
どれも私の予想を大きく外しました。
とても想像できないような流れが
毎回やって来ます。
そしてその対応に集中している間に
気付けば事は終わっています。
事の最中は
私に覚悟を作る余裕はないので、
前もって覚悟を作らされるように思っています。
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この時も
心構えを作り終わった後に
想像できなかった
ビックリする展開が不意にやって来て
離れるしかない現実がやって来ました。
「事実は小説より奇なり」という諺通り
心構えを先に作らされた場合は
大抵そういうビックリする展開がやって来ます。
その手の中断や方向転換が定期的に
私の人生に起こります。
だから私は私の人生に
飽きた事がありません。
守護存在の展開力には
脱帽するばかりです。 (^▽^;)
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私が想像で作った恐怖感情は
私にとって何の意味も持たない事が殆どです。
私に湧いた恐怖心を乗り越えると
想像通りの出来事は起こらず
全く違う別のビックリするような展開がやって来ます。
思考で作り出した恐怖は
怯えても現実と直結しない事が殆どです。
大抵想定外の意外な出来事が
私の未来に待ち受けています。
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私は想像を絶する展開が
面白くて好きです。
私が勝手に作った恐怖や怯えは起きない事を
人生の中で体験を通して学びました。
それでも私に恐怖が湧くと
その瞬間は恐怖に巻き込まれ
恐怖感情でアップアップする場合もありますが、
アワワ ヽ(´Д`;≡;´Д`)丿 アワワ
私が行ったどの心配も
私が行ったどの恐怖も
私が勝手に予想した未来は
1度も起きてないように思います。
私に湧いた小さな不安を適切に受け取り
私なりの対処方法を見つけて
準備を行った事は
後で役立つことが多かったです。
けれども私が恐怖感情に巻き込まれて
恐れた突拍子もない問題は
私の身に起きていません。
身体が私に伝えて適切に対処した
恐怖を感じた事や
不安を感じた事は
常に真摯に取り組んで
きちんと私なりの対処方法を考えるので
それが実際起きたとしても
実際起きた時の私は
あたふたしなくなっています。
v(´∀`*v)ピース
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「一寸先は闇」と言いますが、
本当にその通りのように思います。
だとしても自分のちょっとした引っ掛かりに気付いて
対処を怠らずに準備して待っていると
闇に突然ぶち当たった場合も
それほど問題を感じません。
日常はある日突然方向を変える時がありますが、
方向が突然変わっても
今までと同じ日常が続かないとしても
毎日を地に足を付けてしっかり生きている限り
どの様な出来事にも
柔軟に対処できる私に変化して行き
楽しいがより待つ未来がやって来ているように
そう私の日常はちょっとずつ
変化しているのを感じます。
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私は恐怖でへこたれる現実より
楽しくてワクワクする現実の方が
私の人生に増えているように思います。
恐怖・不安が私に湧いたとしても
その恐怖・不安に真摯に立ち向かう
心構えをちゃんと作り
手段・手順・方法を予め調べていれば
私に恐怖・恐れを与える出来事は
私に襲いかからないように思います。
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人に私の人生の一部を話すだけで
大抵相手はそんな人生は生きられないと
尻込みされることが多いので
他人の感覚だと私の人生を超えるのは
難しいのかも知れません。
けれども実際体験している身の私からすれば
何が私の身に起きたとしても
「終わりよければそれでよし」と
そう自分がなれるように生きているので
そこまで大変な人生と思えないです。
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私が受け取ったお知らせは
適切に受け取って
準備を行い
心構えを作ると
ちゃんと自分で乗り越えられます。
そういう毎日を送っているだけで
知らない間にどんどん人は成長します。
その繰り返しで
段々嫌な事より楽しい事の方が
多く起きるように変わって行きます。
その流れを
私は私の人生で体験している最中だから
私は人間の一生や人生は
適切に自分で舵を切る事ができれば
面白い毎日が待つ日常が
当たり前のようにやって来る人生が私の身に起き
私の人生もそれに近づいているように
思っています。 ≧(´▽`)≦