今日で3.11から2年7ヶ月。
母校の高校は今年90周年です。
うちの母も祖父も通った高校。
隣町にあり、東京電力福島第一原発のすぐ近くです。
原発は山を挟んで向こう側だったので
そんなに近くにあるなんて感じたこともありませんでした。
現在はもちろん本校舎は使用できず
サテライトで開校しています。
そんな状況ですから受験生も少なくなり
生徒数も減ってきています。
現在わずか64名。
わたしの在学中は各学年6クラスずつありました。
大規模校ではありませんでしたが
その分アットホームな雰囲気だった気がします。
教育実習もここでさせていただきました。
仲のよい同級生と実習期間がかぶっていたり、いとこも在学していてクラスを担当したり
素直な生徒さんばかりでいい思い出です。
原発のせいでこういう歴史がいくつも終わることになったら
とてもかなしいし、くやしい。
(実際に、これまでいろんな伝統や歴史が途切れています。
規模の大小はありますが、関わりのある人にはそれは問題ではありません。)
でも、100周年はないかもしれないな、と少し覚悟してる自分がいます。
地元紙の『福島民報』(10月11日付)の「あぶくま抄」より
http://www.minpo.jp/news/detail/2013101111432
『「栴檀[せんだん]は双葉より芳し」は、大成する人は幼時から優れているとの意味だ。栴檀の葉2枚を校章にした双葉高の創立90周年式典はあす、サテライト校のある、いわき明星大で催される。
大正12(1923)年の開校以来、「質実剛健」「終始一貫」を校訓に1万7000人以上を送り出す。卒業生の6割以上が大学に進む一方、甲子園に3回出場するなど「文武両道」も受け継ぐ。震災と原発事故で環境が一変する。双葉町の本校舎は帰還困難区域にある。書棚や机は散乱したままだ。生徒は激減し、存続の危機に直面する。
在校生は学級ごとに創立記念の映画を自主製作した。3年2組の作品は、見ず知らずの男女4人が双葉高の入試に挑む。合格したが、原発事故で散り散りになった。サテライト校で一緒になり、同じ教室で受験していたと知る。女子生徒は受験の帰りに大切なキーホルダーを落とした。拾った男子生徒が友情の印に返す場面が結びだ。式典前日のきょう披露する。
在校生64人は仮設住宅、借り上げ住宅などから通い、勉学と部活動に励んできた。苦楽を共にし、強め合う絆は栴檀のようにかぐわしい香りを放つ。100周年への礎になる。』
大正12(1923)年の開校以来、「質実剛健」「終始一貫」を校訓に1万7000人以上を送り出す。卒業生の6割以上が大学に進む一方、甲子園に3回出場するなど「文武両道」も受け継ぐ。震災と原発事故で環境が一変する。双葉町の本校舎は帰還困難区域にある。書棚や机は散乱したままだ。生徒は激減し、存続の危機に直面する。
在校生は学級ごとに創立記念の映画を自主製作した。3年2組の作品は、見ず知らずの男女4人が双葉高の入試に挑む。合格したが、原発事故で散り散りになった。サテライト校で一緒になり、同じ教室で受験していたと知る。女子生徒は受験の帰りに大切なキーホルダーを落とした。拾った男子生徒が友情の印に返す場面が結びだ。式典前日のきょう披露する。
在校生64人は仮設住宅、借り上げ住宅などから通い、勉学と部活動に励んできた。苦楽を共にし、強め合う絆は栴檀のようにかぐわしい香りを放つ。100周年への礎になる。』