先週末は福島へ行き、浪江町に一時立入してきました。
木々や草はボーボーの伸び放題
街は相変わらず地震の起きたときのまま
津波におそわれた場所にはまだ車がグシャグシャになって放置されたままでした。


洋ナシのたわごと~Litsucoの右脳~

あれからもう1年3ヵ月も過ぎているのに、町の時間は止まったまま。


そして東京に戻ってくると何の変わりもなく時間は動いているのです。

自分がタイムスリップしたか、夢の中にいたかのような気分になります。


一時立入してみたものの

わたしは特に持ってきたいと思うものもなく

庭先に生えてきて植木に悪さをしている雑草をぶった切って

やり場のない怒りをいくらか解消させていました。

おかげで浴びた放射線量は家族の中で一番高くなってしまいましたが。


線量が高いであろうケヤキの落ち葉の下にはミミズがいました。

家のうらにはヘビがいました。

雨だったせいかカエルが元気に跳ねていました。

ずいぶん前に落としていったであろう牛のフンからは何本か植物が生えて育っていました。

庭のバラも池のハスもきれいに咲いていました。

柚子の木に近づくと柚子の香りがしました。


かなしいです。



洋ナシのたわごと~Litsucoの右脳~  洋ナシのたわごと~Litsucoの右脳~

洋ナシのたわごと~Litsucoの右脳~  洋ナシのたわごと~Litsucoの右脳~


洋ナシのたわごと~Litsucoの右脳~  洋ナシのたわごと~Litsucoの右脳~


洋ナシのたわごと~Litsucoの右脳~
洋ナシのたわごと~Litsucoの右脳~


家の中に入って少しピアノを弾きました。

微妙に調律が狂っていたけど、思っていたほどではありませんでした。

(普通に1年ほど放置したら変わる程度のズレだと思います。)


毎年していたように、ここでお盆やお正月を過ごしたりすることはないというのが

今でもうまく受け入れられません。


これからどうなるのか、

せめて、この先数年のことだけでも具体的にきちんと決めてほしい。


将来のなにかしらが今日の先にあると思うから、今を生きているんです。

今まで築いてきたものを奪われたうえに

毎日毎日その日暮らしのように、先に何も見えないまま生きるのはとてもつらいことだと思います。



死ぬほどつらい思いをしている人たちがたくさんいるのに

(実際につらくて死んだ人もいるのに)

まだ再稼働させたい人、再稼動させようとする人がいます。


原発事故の被害に遭っている人の思いは

実際に味わってみないとわからないのだろう、一生懸命伝えても届かないのだろう、と思いました。

でも、味わってからでは遅いのにな、とも思います。


世の中ってそうやってできていて

戦争やテロもそうやって起きるんだと

妙に冷静に受け入れてしまいそうになります。


再稼働するのだとしたら

わたしはそこでひとつ見切りをつけてしまおうと思っていることがあります。

わたし一人が見切ったところで世の中は何も変わりません。

でもわたしの人生はとても変わると思います。



洋ナシのたわごと~Litsucoの右脳~