-------------------------
はるか高い世界から
魂のなかに流れてくる光。
その強い輝きのなかで
世界思考の確かな力よ
魂の謎を解きながら
今ここに現れよ。
そして
その輝く光を集めていこう
人の心に愛の力を
呼び覚ましていきながら。
-----------------------------
寛大さ
シュタイナーの
12月の美徳のなかで、
この時期の星座である
「うお座」の美徳に
「寛大さが愛になる」
と語られています。
この時期は、
私たちが人間の美徳である
「寛大さ」を学ぶのに、
とてもふさわしい時期だと
シュタイナーは言っています。
なぜならば「寛大さ」を
練習していけば
その力は「愛になる」からです。
愛は、練習することはできません。
「今日から愛そう」
は無理だからです。
しかし寛大さは
いつでも練習できます。
なぜこの時期に
寛大さを練習できるのでしょうか?
これは
「光」
と関係しています。
日照時間が
長くなったことからも
わかるように、
はるか高い世界から、
光が人間にそそがれています。
もちろん私たちのなかにも
聖夜のときに授かった
崇高な光は息づいていますが、
永遠のようには
長くはその輝きを
保つことはできません。
その証拠に、
魂は2月に大きな危機に
さらされるからです。
私たちには
新しい光が必要です。
愛は光のなかから
生まれます。
愛は違う形の光であり、
まさに
「個性化した光」
なのです。
たくさんの光を集めると
魂は熱くなります。
熱くなった光は
愛となってめらめらと
燃えあがっていきます。
愛は熱です。
光は冷たい存在ですが、
私たちのなかに入ると
熱くなります。
あたたかさは
すべてを優しく包みます。
だからこそ
愛の根源である光が
そそがれることによって、
すべてを包みこむ
あたたかさを持った、
寛大さを練習することが
できるのです。
黄道十二宮では
「うお座」は
「いちばん最後の星座」として
取りあげられています。
しかも、うお座の象徴は、
「ひとつのものが終わり
新たなものが始まる」
象徴でもあるのです。
なにかが終わり
なにかが始まる
緊張した雰囲気のなかで、
魂は自分の存在の謎
を体験します。
その謎を解くことができるのが
「世界思考の確かな力」
なのです。
「世界思考の確かな力」
は私たちのなかにはありません。
ですから「現れよ」と、
呼んでいるのです。
なぜなら世界思考は
大いなる力、
神の叡智だからです。
叡智は愛の前提条件です。
叡智は光のなかかで
生きています。
このように
「光」
「叡智」
「愛」
にすべては深く
つながっています。
ですからこの時期、
<魂の暦>にも
12の月の美徳にも
「愛」の言葉が
入っているのは
偶然ではないのです。
真の
「寛大さ」
は縛りつけません。
自由にさせます。
神は人間に
自由を与えてくれました。
そして私たち人間は?
感謝してます