ご無沙汰してま~す。
こころを暖かくしていますか?
めっきり肌寒くなりましたが、
風邪など引いていませんか。
とにかく健康でいてくださいね。
今日は私のこどもの頃(幼稚園に上がるまで)の記憶。
主におじいちゃんとおばあちゃんとのお話。
近頃、実家に帰るたび母親と夜遅くまで話す機会が多くなって、
私のこどもの頃のことを話すのですが、
どんなこどもだったかと聞いてみました。
「おとなしくて優しい子」
あ~。「優しい子」は嬉しい。
だけどなんだかパンチがないな~。
お店が忙しかったので、とにかく寝せていたそうです。
生きてるのか死んでいるのか分からないぐらい。(笑)
幼稚園の頃、兄妹で喧嘩していたら、
普通は「兄ちゃんだから我慢しなさい。」ですが、
妹の方が強くて、私の場合、
「妹に負けないように兄ちゃんしっかりしなさい」でした。(涙)
母親は、三つ子の魂百までを信じていますから、
枕元で「優しい子になってね」と
寝顔に毎夜声をかけていたそうです。
昼間忙しくて、あまりかまうことができないから、
夜だけでも、そっと愛を与えてくれていたと思うと
親の愛の大きさを感じました。
そして、「とにかくあなたは神様に縁があったね。」
うわぁー。今でも神様が大好きですが、嬉しい。
おばあちゃんのこと
(信仰と商売人)
信仰心の強いおばあちゃんが
いろんな神社・お寺などにちいさい私をかならず
連れていってたから縁があるのだそうです。
八幡様、お稲荷さん、お不動様などなど。。。
電車や船、タクシーを使ってどんなところでも、
出かけて行ってました。
商売人としてとても厳しかったと聞いています。
株をやっていて良くラジオを聴いていました。
また、宝くじをかならず買っていました。
神様に何をお願いしていたのだろうか?
「儲かりますように。。。」(笑)
こどものころの両親との記憶が少ないです。
町のお祭り(赤八幡)や花火大会でも、
おばあちゃんと妹の3人で行ってました。
かならず町のおもちゃや(ゑえびすや)によって
おもちゃを買ってくれましたが。
りんご箱のおもちゃ箱にはおもちゃがいっぱいでした。
父親と母親は昼間、仕事に追われていたので、
おじいちゃんとおばあちゃんに育てられていたのだと。
だから今、お年寄りの方と話すと心がふわーとする感じが
大好きなんだなぁと実感できます。![]()
ありがたいことです。
おじいちゃんのこと
(酒とタバコと、ときどき猫)
外見の風貌はまさしく、サザエさんの磯野浪平のようです。
写真に写るおじいちゃんの右手には、
かならずタバコがあるんです。
仕事中にもかかわらず、私を自転車の前に付ける椅子に座らせ、
近くの酒屋に行って、私にはおつまみを渡してくれた記憶があります。
そして、ずっと酒を飲んでいて、家族に連れ戻しにこられる。(笑)
家で座布団に座っているときは膝の上に猫を乗せて。
夕食の刺身などの料理の器にこだわる。
ちょっとした詩や絵、書なども嗜んでいました。
亡くなる前、病院で棚に一升瓶が隠されていましたから、
とにかくお酒が好きだったようです。
すでにおじいちゃんはなくなってましたが、
約二十年前、戦争中におじいちゃんに助けてもらったと言う
お年寄りがお店に来たときのお話。
片方の耳が聞こえない方で、
上司からの命令に返事ができなかった時に酷く殴られ、
地面に倒れているのを、「君、大丈夫か」と起してくれて
服についている砂を落としてくれたことを、
大変ありがたかったと伝えに来たそうです。
ちょっとしたこころづかいが、
何年たってもその人の想いの中で感謝としてあるということ。
人の生き方を教えられる出来事でした。
無条件の愛
ふと、昔の記憶が蘇ってくることがあって、
あじいちゃんとおばあちゃんのことを書いてみました。
そのおじいちゃんの影響ですが、
今だにハンガーを「衣紋掛け」、
イスのことを「腰掛」と自然に言っていると
かみさんに良く笑われます。
古い言葉の中におじいちゃんが潜んでいるのかもしれません。
亡くなって何年にもなるのに、影響あるな~。
方言が強い人、古い単語を話す人は、
自分のコトバに気づいてみるのもいいかもしれません。
こどもの頃のあなたはどんな子でしたか。
また、どんな人との関係の中にいましたか。
両親以外に可愛がってくれた方を思い出してみてください。
おばあちゃんかな?おじいちゃんかな?
親戚のおじちゃんかな?近所のおばちゃんかな?
自分を無条件に可愛がってくれる人が、
人生で6人出会うそうです。。。
どんな困難な環境だとしても、
こどもは愛情を食べて育つんです。
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
感謝しています。