仕事帰り、欠けてゆく月を見ながら。 | 空は、碧く、何処までも広く。

空は、碧く、何処までも広く。

うまく生きられない、混沌としている日々は、双極性障害のせい?ときに、途方もなく明るく有能な気がするのに、ある朝突然消えたくなる。



仕事からの帰り、ふと、空を見上げるとそこには、

陰る月が見えた。


「ああ…今日は月蝕だった!」

と、急にテンションが上がり、帰る足を止め、そのまま観測。

正直、大袈裟なのか、仕事と月蝕で躁転してしまったのか、

月が徐々に翳り、そしてその陰の圧倒的存在感に酷く感激した。



「そりゃあ、自然の力には敵わない。」





やはり、躁転してしまったのか、帰宅しても興奮が止まらず、

月蝕に纏わるニュースをチェックしまくり、果ては、仕事のアイディアや

構想をノートに思いつくまま書いた。

書きながらも、思考がまとまらずやたら興奮する自分を感じ、恐怖を感じた。

「躁の状況で、いくら目標や構想を広めてしまっても、鬱になるとそれは机上の

空論と化すだけなのに。そして、また躁のときの突飛な思いつきにくるしめられる

に過ぎないのに。」


予測の立たない、そんな毎日。

明日になると、撃沈するかもしれない、と考えると眠る気になれない。

軽躁状態が普通の状態ならいい。

それなら、私はもっと生きやすく、普通に仕事や家事が出来るだろうに。


でも、そんな日々がお度ずれる可能性は低く、私は私のこの躁鬱と付き合う

生き方を考えないといけない。

「自分の心との共存」、それが私の難関でかつ最大の人生の課題。