セレンとテルルは元素です。 -9ページ目

セレンとテルルは元素です。

セレン(月の女神)テルル(地球)の読んでも覚えても役には立たない情報知識を提供中ですわ。

スケットダンス31巻にスイッチ(笛吹和義、スケット団のひとり)と結城さん(スケット団3人のクラスメイト)の話がございます。

結城さんに対しオカルトを馬鹿にした男子生徒を科学の力とオカルトの力でちょいと懲らしめるお話よ。

非科学的であるオカルトを信じないスイッチと、目に見えない霊の力を信じる結城さん、正反対の意見を持つ2人はいつもケンカを繰り広げているのだけれど、この話の最後に結城さんがバリバリ科学の理系大学を目指していることが明らかになるわ。
(因みにスイッチや結城さんは高校3年生よ)

科学とは一見正反対である霊を信じる結城さんのその進路選択にスイッチは勿論、その場に居たスケット団他2人もとても驚いていたわ。


けれど、外国のドラキュラや狼男などは分かりませんけれど、日本でのモノノケ、ヨウカイなどは全て昔の日本人流のひとつの科学の形であると考えられるのよ。


科学とは何なのかしら?

どうして人は科学を追究しつづけているのかしら?

文系の人間にとっては頭の痛くなるような化学式ですとか、

文字がいくつ入っているのか数えることも出来ないような計算式ですとか、

顕微鏡を使わないと見ることの出来ない生物と1日の殆どを費やす人が沢山いるのは事実よ。

彼らは何のために、何を目的にそこまでして研究しているのでしょうか?


おそらく、研究者の方々は原因の分からないひとつの現象を解明することを目的なのでしょうね。

生き物にとって一番おそれるべきものは、ある物事の原因や理由が分からないことなのだと思うのよ。

例えば、誰もいないと思いながら廊下を通り過ぎようとしたときに、物陰から誰かが「わっ」と大声を出して驚かしてきたとするわ。

すると驚かされた側の人は同じように「わっ」と叫んで驚き、とっさに驚かしてきたものの方を向いて動きを止めるわよね。

これは驚かされた人が何によって自分は驚かされたのか無意識に認知しようとしていることの証明よ。

自分に刺激を与えたのは何者なのかを、測らずも知ろうとするのね。

その方法と言うのが視覚を使って相手の姿を捉えるために、反射的に「敵」の方に目をむけ、

より瞬時に集中して情報を得るために、身体の動きをとめるのよ。


その結果、刺激の要因がわかればそれへの対策や対応を能動的に考えて実行することが出来るわよね、

そうすれば少なくともそれへの安堵を得ることが出来るわ。

けれどここで要因を知ることが出来ないと対策、対応を考えることが出来ないことに加えて、

次またいつ同じことが起こるかも分からないため、一方的、受動的に恐怖感を与えられるじゃない?

それが私たちにとって想像以上の恐怖になるのよ。


「どうして?」「どうすればいい?」と言うことが分からないと言う状況を打開するために、ヒトは次々と新しいことを考え、場合によっては新しい何かを作り出すわ。



昔の日本では、当たり前のことではありますけれど、現在よりも道具の種類も少なければ、

個人に与えられた自由や時間や土地を必ずしも好きなように使える環境ではありませんでした。

極端に申しますと、生まれつき持っているもの(頭、脳、手足など)しか使わないで生きているような時代も有ったでしょうね。

そんな時代だって、突然の大雨、病、不可解な異常現象が起きることは当然あるでしょう。


そこで昔の人々もそれらがどうして起きるのかを考えましたわ。

けれど、今申しましたように、それらを証明できる環境があったわけではないから、頭の中、想像力の中に勝手に理由付けをしていたのよ。

そうして生み出されたものと言うのが、日本に数多いるカミガミやヨウカイと言うものですわ。

目に見えないカミガミやヨウカイは昔の人が作り出した、いわば、「科学」なのよ。


たとえば「ヌリカベ」というヨウカイをご存知かしら?

これは「ビタミンA・B1不足」の権化であると言えるわ。


ヌリカベというヨウカイが人々の頭の中に生まれた江戸時代、

その頃ちょうど米文化が玄米から白米へと転化いたしました。

それまで玄米を主食としていた人々にとって、それは玄米で摂っていた栄養を不足させることを少なからず意味しておりました。


ビタミンAの欠乏により、夜盲症にかかる人々がいらっしゃいましたわ。

夜盲症は視力が著しく衰えて、目が見えにくくなるものよ。

それによって、景色が見えにくくなり、目の前に自分の視力をさえぎるような壁があるかのような感覚を起こさせました。


ビタミンB1の欠乏により、脚気(かっけ)にかかる人々がいらっしゃいましたわ。

脚気は末梢神経などに支障が出て、四肢が痺れるものよ。

それによって、歩いているときに不意に足が動かなくなり、前へと進みたいのに何者かがそれを妨げているかのような感覚を起こさせました。


その感覚を人々は「ヌリカベ」というヨウカイの登場によって理由付けいたしましたのよ。

これこそ昔の人々流の科学ですわ!



そう考えてみると目に見えない、いるわけ無いじゃんと思われているヨウカイは、

こんなに「科学」が発展していなかったついこの前までは、

それなりの科学として成り立っていたと考えられると思わないかしら?



それをしっかり考えていて、オカルト・霊を崇拝する結城さんは、

自分と敵対する科学・理系男子のスイッチの意見も尊重して進路を考えているのよね。



―――――ということをふと考えてみたりいたしました次第です。