先日、Z(仮名)という友達ととラーメン屋に行ったときのことです。
セレンはゆで卵、中でもうずらのゆで卵が苦手なのです。
しかし、ラーメンにはうずらのゆで卵が入っておりました。
そこで、Zに
「卵好き?」
と問いました。
この質問の隠された意図は[セレンは嫌いだから、もしよければ貰ってほしい]だったのです。
Zは少し考えた後に、
「うーん、嫌い」
と答えました。
どうやら、質問に[セレンは卵が好きだから、Zが嫌いなら欲しい]という意図が隠されていると思ったらしいのです。
[卵を貰ってほしい]と思っていただけに、「なんだ、Zも嫌いなのか」としょぼんとしたところ、Zが、
「なんで?」
と、聞いてきました。
正直に「卵嫌いだから、貰ってほしいな、と思って。」
と答えると、Zは
「そんなことならいいよ。(貰ってあげるよ)」
卵を引き取ってくれました。
Zが卵が嫌いなのか、好きなのかどうなのかは分かりませんが、セレンの好きな選択を選ばせてくれたようです。
かっこいいと思いませんか。
その後、少し考えました。
もしも、Zが本当に[卵が嫌い]ならば、
それでもセレンの卵を引き取ってくれたのはすごく優しい行為ですよね。
かっこいい。
もしも、Zが本当は[卵が好き]ならば、
「卵好き?」というセレンの質問から、即座にセレンの意図を汲み取ろうとしてくれて、嘘までついたことになります。
[セレンは卵が欲しいんだ]と考えて、セレンが卵を貰いやすい環境をサラリと作ったわけです。
かっこいい。
つまり、[セレンは卵が欲しい][セレンは卵をZに渡したい]この真逆の事柄のどちらに転んでも、
Zの「(卵は)嫌い」という回答は「かっこいい」に繋がったわけです。
きっとZは[卵は別に好きでも嫌いでもない]のでしょう。
しかし、「嫌い」と答えたのはやっぱり相手の質問の意図を考えた結果でしょうから、最善だったのだと思うのです。
自分にとっても、相手にとっても最善の答えを出すというのは難しいことだと思い至りましたので、書きました。
かっこいいお話でした。