日本は平和ですね。平和あってこそのキモオタ文化です。


秋葉原で傷害事件@アキバブログ

http://www.akibablog.net/archives/2005/09/post_31.html

劇的ビフォーアフター萌え@にいさんブログ

http://blogs.dion.ne.jp/love_nemu/archives/1907872.html#comments


 先の民主党の代表戦で、民主党の代表になった前原氏は、堂々と改憲論を発表し、自衛軍の保持を明記すると宣言しました。この、はっきりと自分の政策を宣言する姿勢は、小泉首相の実は大変曖昧な態度と比べると大変評価できる面があります。


 おそらく自衛軍と名前を変えても、それほど大きな変化は近い将来では起こらないでしょうし、まさか韓国のように徴兵されるとは思いませんが、やはり右傾化というのは否定しがたい事実でしょう。それ自体の是非は私はここで論じるつもりはありませんが、やはり戦争を体験したことのない世代がメインになることによってこの傾向はますます強くなっていくと思われます。


 秋葉原での傷害事件は、なるべく現実生活から乖離するように作られた街において、一番原始的な人間の本能、争いが起こった点で、大変今の世の中を象徴しているような気がします。ケータイを持ったサル、という言葉に代表されるように、高度な道具を使うようになっても、人間の精神面では昔よりむしろ荒廃が進んでいるのではないか、と。


 戦争が仮に起こったとすると、真っ先に切り捨てられそうなオタク文化に寄りかかっている方々は、有事の際大変ですね( ´,_ゝ`)

テレ東最高だな

 キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!


 2005年9月15日、7時30分からのテレビ東京系は巨大な釣堀と化しました。もちろん、みなさんご存知のとおり、テレビチャンピオンアキバ王選手権です。


 今回もまたオタ晒しかよ('A`)と思ってスルーしようと思ってたんですが、ポケモンからの流れでついダラダラ見てしまいました。そしたら、一問目に奥様は魔法少女が来たので、大爆笑してしまいました。久しぶりにテレビ見て大爆笑した気がします。最近のテレビ番組は単純に笑えるものが少なくなっているような気もしますね。


 昔からテレビチャンピオンには大分前から漫画選手権とか、プラモデル選手権とか、マニアックなものが多かったので、素材としてはもっと前にやってもおかしくない企画だったと思います。それでも今日までオタ選手権が行われなかったのは、一重にオタがキモいというコンセンサスに基づく偏見、それにやっても数字がとれないことでしょう。後者の割合が圧倒的に大きいと思いますが。しかしそんな状況も電車男のヒットによって打破されたようで、とうとう全国区で一時間半もアスホールな映像が流れるようになりました。


 感想はみなさんに書いてもらうとして、ぼんやり私が思ったのは、もはやこれはオタの晒し、そしてキモいというステレオタイプを助長するためだけのマスコミ戦略ではないな、ということです。


 出演者の眼鏡率の高さ、容姿を見てあぁキモオタバイアスかかってんな(今アキバにはおしゃれさんも多いと聞きます)と思いましたが、彼らはまた、たださらし者になって笑いを取るだけの道化師なだけではないとも感じました。


 というのも、出演者の一人本原君は、同人サークルの主宰をしていて、結構絵もうまいようですが、今回のテレビ出演はその広告も兼ねているのではないでしょうか?だとしたら非常にクレバーだと思います。


 彼は秋葉原ブログはじめ多くのブログに顔出しで以前から活動していたようです。簡単に言えば売名していたわけなんですが、それは同時に彼の所属サークルの売名にもなっていたに違いありません。そういえば今回の番組でも「この業界で生きていく」みたいな発言をしていましたから、同人に関してはかなり本気であることが伺えます。


 やはりコミケなどの世界でも知名度は非常に重要ですから、彼はそうやって客を集めることを選んだのではないかと。また読んでもらっての同人なので、私は彼の姿勢を非難するどころか、むしろ賞賛の思いであります。


 いままで、オタをネタとして利用してきたマスコミを逆に利用した、彼の才覚に拍手を送りたいと思います。


 もう旬を過ぎた話題だと思いますが、先日の選挙に東京22区で山下万葉候補が立候補しましたね。

参照 http://mobile.seisyun.net/cgi/agate/news19/moeplus/1126192480/p25


 他のブログでもいろいろみなさん書いていらっしゃるんですが、まぁ大体の人はイタイの一言で片付けて、まぁ笑いのネタに十分だったようです。まぁ実際本人もジョークのつもりだったのでしょうし、あまり本気で論じても仕方のない感じがします。


 ただ、本人がいじめ体験を堂々と告白している点は何か非常に強い意志を感じます。今回の選挙で、教育を争点にした候補はほぼ皆無でしょう。少子高齢化を迎える上では非常に重要な課題であるのは間違いないでしょうに。また、勝ち組政治の気配が見え始める中で、どこからみても負け組みの彼が出てきたことには、殺伐とした世の中に、ちょっとした笑いとまったり感を与えてくれたと思います。


 長ったらしいという批判があったので、今日はこれで終わります。ええ、まだ見てますよ^^。だらだら長文では読む気がしない、という人と、長文でもしっかり見てくれている人がいらっしゃるようですので、今後の方針のためにもコメントよろしくお願いします。

 当たり前のことですが、声オタでもない限り、オタが鑑賞するのは絵でありますね。ラジオドラマなど一切アニメを用いないオタメディアもありますが、メインはやはりアニメ、漫画でしょう。また声オタもアニメあっての声優ということは間違いないでしょう。以前から気になっていたのですが、声オタは二次元ありきの香具師と、もうアイドルのおっかけと変わらない香具師と、どっちが多いんでしょうかね?おそらく批判の的になるような、声優とキャラを同一視した香具師というのは少数派かと思われ、やはり二次元原理主義が多い気がしますが。


 我々はよくビジュアル世代とか言われます。情報処理において視覚情報に頼る割合が大きくなってきたということですね。まぁこれは異論を待たないでしょう。教科書などをみても昔のものに比べたら写真、図は多くなっていますし、そういったものが人気を集めています。これはまた批判を浴びるわけですね。理論的に考える力を損なうとかなんとか。事実ゆとり教育との相乗効果かどうか、数学等の実力も全体的に下がって来ているようだから、このブログ開設時に書いた、アニメ脳の恐怖はある程度あてはまるのではないのでしょうか。


 そして、私は間違いなくビジュアル世代のど真ん中なんですが、肝心の絵を自分で描けといわれるとてんで駄目なのです。そもそも三次元を二次元に落とし込む作業は非常に困難を伴うと私は思うのですが、絵がうまいといわれる人はそういったことを大変容易にやってのけるので才能の差を感じるというか、ただただ感心するばかりです。才能の差がもっとも顕著にあらわれるのが絵画の部門なのかもしれません。受験レベルでは学問の才能の適性などわからないですしね。それでもやっぱり、うまくなるには相当の練習をするようですが、限界がみえてしまうのが早いのも絵画に関する能力の気がします。


 しかし、おそらく小学校低学年くらいの時点ではほとんど絵のうまさの差というのは見受けられなかった記憶があります。小学校高学年くらいから徐々に差が付いていって、中学くらいになるともうコイツには勝てないなとか、決定的な絵画能力の差を感じたのが私の場合ですが、読者の方はどう考えるでしょうか。


 私の考えの下では、つまり、絵の英才教育というか、早期からの教育がこれからの日本には求められているのではないかということです。この能力は臨界期が相当早く来る上に、私くらいの年齢になりますと、出来ないものに果敢に挑戦するより、やっぱりある程度自分ができることにほとんどのエネルギーを費やすようになり、ますます訓練する時間をとることはなくなります。自分としては、小学校低学年までに十分な訓練を積んだとは思わないので非常に後悔しているわけなのです。


 ビジュアル化は良い面もたくさんありますし、この傾向を止めることはできないでしょう。日本における映像文化の発展もこの傾向にマッチし、大変うまくいっています。そのうえで、絵を上手に描く能力というのはますます重要になってくると思われます。だから、英語教育の早期化とかじゃなくて、また受験教育でもなくて、小学校低学年までにはきちっと絵の練習をさせることがこれから重要になっていくのではないでしょうか?もちろん年をとっても重要でしょうが、早期教育の重要ポイントの一つとして組み込んでみたらどうかと思います。子供は少なくなるのは目に見えていますので、視覚文化の担い手を確保するにはこういった手段が講じられる必要性があるのではないでしょうか?


 

 

 前回のくぐるさんのコメントで、文明の高度化に伴って子供の数は減っていくというのがありました。まぁ今日の先進国の合計特殊出生率からみてもそれは言えますし、また第三世界、いわゆる貧困国家群を見てもそれは逆に示されているでしょう。


人間の三大欲である食欲、性欲、睡眠欲のうち、食欲が十分に満たされていない貧困国家においては、時間と性欲があれば動物的には明らかな行動に走るので、性欲の発散と無防備な性行為によって子供が多産多死になるでしょうし、子供の数も増えることになるでしょう。日本においては、昨今二極分化が叫ばれておりますが、食欲が満たされず、飢餓感を文字通りに感じている人はまずいないと思われます。また余暇の過ごし方も多様化しています。避妊用具の開発も相まって、日本は性行為を行ってもなかなか妊娠しないという状況が出来上がり、むやみやたらに子供が出来るということはなくなったでしょう。いまだにできちゃった結婚というのはあるようですが。


 よく言えば、現代日本人は動物的欲望に対する欲求がいい具合に抑制され、人間らしく(人間を理性的存在と定義するなら)なった人間と言えそうであります。


 こういった現代日本を鑑みるに、やはり脳化社会という言葉を思い出します。これはいちいち解説するのもされるのもバカらしいかもしれませんが、今話題のバカの壁の著者の養老孟司氏の本で見たのが初見かと思います。乱暴に言ってしまうと現代の都市は人間の脳の中身が現出したもの、という話です。オタクの脳が現出した夢の都秋葉原などは好例でしょう。はっきりいっていわゆる一般人(この言葉にはオタが非オタを見下すニュアンスが感じられなくもない)からみればキモい街でしょうが、脳化社会の最先端を示しているといっても過言ではないでしょう。時代のリーダーとも呼べなくもないかもしれませんね。ファッションなどは非常に原始的ですが(笑)。

 

 少子高齢化というのは大きな問題ですね。生まれる子供が少なく、高齢者の数は多いため、高齢者を支える労働力の確保が難しくなるというのが主な問題点のようです。


 高齢者の多いことは医学の進歩にも大いに頼るところはあると思いますが、先輩諸氏の今までのおしなべて健康的なライフスタイルも重要な要素となっていることでしょう。我々の不健康なライフスタイルからして、同じように長生きして、下の世代の支えきれなくなるほどになるとは思えません。私たちがじじいばばあになる時(なれないかもしれない)には自然に少子高齢化問題は解決されるかもしれませんね(苦笑)。また、今日のわれわれの豊かな生活も戦後から目覚しい復興を成し遂げた現在ご隠居なさっている世代の方々のお陰ということも論を待たないでしょう。こんなつまらんブログをだらだら書けるのも正にこの世代の方々の血と涙と汗の上に成り立っている行為です。たまに非常に乱暴な論議で、年寄りは増えると高齢化で困るから早く死んでくれ、というのがありますが、これほど愚かしい言動はないでしょう。現役で働いている方もいらっしゃいますし、これまでの労を考えると、いくら楽しい余生を過ごしていただいても全く問題ないと私は考えております。高齢者を支えるのはわれわれの義務でしょう。


 となると、急場をしのぐにはやはり子供を増やさなければならんわけです。そうしないと「痛み」が一人ひとりには大きくのしかかってくるようになってしまうのは間違いなさそうです。この責任の所在をトラックバック先のこまち君も書いているのですけども、このブログの一応のテーマに絡めて、別の点から述べさせていただきたいです。


 オタクの増殖は少子化の一翼を担っているといえないでしょうか?今、結婚適齢期の人らは私見ではオタクの世代の初代のほうに被る気がします。こまち(この人はオタ)君がこの点に触れていないのが疑問です。いうまでもなく、オタクは現実の女性に対する興味が非オタに比べ薄いのであります。もちろん性行為をして子供をもつということに関しても関心は薄いと考えられます。二次元に恋をしたなどというのは正に非国民的な行為。ご先祖様に申し訳ない!かく言う私もこのごろネタが二次に傾いて来た気が・・・なんでもありません。


 加えて女性側のえり好みのひどさ。こちらの要因の方が大きいかも知れませんね。


 オタクの人は結構頭はいいし能力のある人が多いので、自分の遺伝子を残すことにもっと執着すべきでしょうね。また、普通の性欲を発揮することも重要でしょう。


 青年よ、ディスプレイを捨てよ。町へ出よ!

ですね。

 東海ラジオで、中原麻衣と森久保祥太郎がパーソナリティを勤める、祥太郎、麻衣・CURE HOUSE。という番組をやっていて、たまに聴きます。この番組は㌦声優の中原の話は猫かぶりちゃんであまり面白くないのですが、森久保氏の話が割りと面白いです。アニラジはなぜか大学に入ってから余り聴かなくなりましたね。別に他にやることがあって忙しいというわけではないのですが。で、今日の番組でちょっとひっかかる投稿があったので少しその話を。


 それは、中学二年の女子の投稿で、夏休みの自由研究でカエルの解剖をすることにしたのだが、それが楽しみという内容でした。いかにも嬉々とした内容だったようで、BEFORE AFTERの図まで添えて楽しみだなぁルンルン♪気分が出ていたようでした。そこでパーソナリティの二人の感想は大体チャレンジ精神があってよろしいみたいなものでした。


 うーん、そうなんですかね?私には面白半分な気分でやろうとしようとしているところに、生命を軽んじる風潮を感じてしまったわけなんですが。人間以外の生物の扱いには種々意見があると思いますが、やっぱり無駄な殺生は避けるべきだと私は考えております。楽しんで殺すなどというのはもってのほかです。だから森久保さんも「このハガキからはマッドなにおいがする」と言っていたのかもしれません。ただ解剖が好きという点に違和感を感じただけなのかもしれませんが。しかし、私の感じたところでは、そのハガキの雰囲気からはカエルをモノとして見る雰囲気が出ていたのです。だからかなり抵抗があるわけです。


 ここにもバーチャル時代のゆがみみたいのを感じてしまうわけです(非常に古臭い意見だとも思いますけど)。アニラジに投稿するくらいだからおそらくオタだとおもわれ、アニメ等にも多く接していることでしょう。そういった世代はイメージ世代であり、実感を伴った体験をあまりしてこなかったということがよく言われます。この中坊が実感を伴った体験をしてきたかしてこなかったかはともかくとして、カエルを殺すことはなんとも思っていないということは雰囲気から推察できます。これは私からするとあまり理解できないわけです。


 そのハガキが読まれたときにも話題になっていましたが、昔(今の40代くらい)の人たちは学校の正規のカリキュラムでカエルの解剖があったそうです。そのことを聞いて、昔は実体験をしてから自分の感情というか内面を形成してからバーチャル体験をするという流れがあったのに対して、私らの世代はそれが逆転しているのではないかと感じました。先にバーチャルの体験をしてしまうから、現実に期待を持てなくなってしまったり、ゲームの感覚で殺人を犯してしまう。これは極端な例ですが、倒錯みたいなものを感じずにはいられなかったので書かせていただきました。

 

 皆さんご存知だとは思いますが、ホットドッグをコミケ会場に売りに来ていた会社の社員が、オタキモい発言を本人のブログでして某掲示板で話題になりましたね。参照 こんなことで祭りになるなんて、昨今のソフト不足を露呈している気がしないでもないです。オタキモいということは一般的なコンセンサスですし。クレーマーは、客に対して失礼ではないか、ということらしいですが、ブログなんつうのはだいたい愚痴に近いものが多いし、祭りになる前の彼女のブログはまぁその辺にある、このブログと同じように、駄ログであったのでしょう。そう思うと非常にかわいそうであります。


 この件に関して一言私の感想を申し上げさせていただきますと、過剰反応じゃあるまいか、ということです。私はこの祭りに乗り遅れた人間ですので、本物のログを見ることはできなかったのですが、再現を拝見しますと、やはり他愛もない気がします。この程度に目を付けたオタの細かな観察眼にも敬服いたします。そもそもオタとは細かなところにこだわる人種ですから、これは当然なのかもしれませんね。ただ、私として意外だったのは、普段肉便器などといってほぼ無視しているような人種に対して明確に怒りと憎しみを向けている、ということです。


 オタクの一般的イメージとして、あまりはっきり自己主張しない、というのがあります。僕もそう考えていたのですが、こうもはっきりと感情を出すとは思いませんでした。ただ面白がっている人が大多数だとは思いますが、自分たちがオタキモいといわれることに不快感を感じる人間がいるというのは意外でした。そのくらいの視線は常に感じながら生きているのではないか、と思っていたからです。だから、まずこういったブログを見る機会なんてないだろうし、あったとしても、また肉便器が何かいってるよ、プ。みたいに考えるのが普通かなと。オタはわりと他人を見下す傾向がなきにしもあらず、ですから。


 自分たちの取り上げられ方にも敏感になっているようです。テレビにとりあげられるたびにいちいち騒ぐのも自意識過剰かな、と思う今日この頃。余裕がなくなってきたんでしょうか。社会全体にそういう印象がある気がします。

声オタ乙  例によってマスコミのオタいじりですよ。今までこういったランキングが公然とテレビで放送されるということはあまり(ほとんど、あるいは全く)なかったので新鮮な印象があるのですが、どうでしょうか。しかし、これを非オタの方が見たらどう思うのでしょうか?知ってるのは小倉優子くらい、という人も多いのではないではないでしょうか。こういう、一部だけにしか受けないものを作る傾向が最近のメディアに見受けられて、少々げんなりしますね。一昔前の大河ドラマやお笑い番組が多くの人に受けたというのも、娯楽が今ほど多様化してなかったための幻想かもしれませんが、現代の娯楽はターゲットを極端に絞ったものが増えてきているのではないでしょうか。あるいは視聴率が稼げるだけ、オタクの数が増えているという証でもあるのでしょうか。


 さて、アイドル声優がテレビに出ることは、ちょっと前に比べるとやはり著しく増えていますね。関東圏ではアニメ天国 とかいう番組が民放で流されているとか。このことについて少々意見を述べさせていただきたく思います。


 アイドル声優がテレビに出ることで、決して㌦声優の名前が広く知られるようになることはないでしょう。田村ゆかり信者はハピマテ騒動でオレンジレンジの名前を忘れることはないでしょうが、オレンジレンジファンのギャルは田村ゆかりを知らない可能性が非常に高いと考えられます。結局冒頭に挙げた、狭いニーズ、あるいは多すぎるオタの需要に答えたものが多いと思われます。これは別に結構昔からあったアニラジにも言えることだろうと思いますので、別に問題はないわけですが、問題は、出てくる声優のパフォーマンスの質であります。昔、アフリカのツメという、今田耕治が司会をやっていたお笑い番組にムスメット のメインの3人の声優が出ていたことがありました。内容はというと、5人の熱心なファン(信者)が出てきて、ぶら下がり耐久などで勝ったらチューしてもらえる、という、まぁ他愛もないものでした。しかし、このとき思ったのは、やっぱり人間あまり畑違いなことはすべきではないということです。というのも、出てきた3人はほとんど芸もなく、ただ司会や他のお笑い芸人に乗せられていただけだったからです。オタはキャラの名前を叫んで、声優はそれにキャラの声で答える。で、それを芸人が笑う。結局オタに対する偏見を強める結果になったということです。


 これも無理もないことです。彼女らはテレビに慣れてないでしょうし、テレビ局もオタのイメージどおりに動いてくれなければ困るでしょうから。ただ、やっぱり声優は声優であってテレビ向きではない、と。これは彼らが声という特権を持って容姿に関して基準が甘くなってるからテレビに出るべき容姿の基準を達していないとかそういう次元の話ではないです。バラエティに出るからには、面白くないといけないですが、その基準を満たしていない、それだけです。ゲストだから、そこまで求める方が間違っているわけでもありますが。用は常態化すべきではないということです。そこらへんを業界も理解してるのか、声優がレギュラーというのはあまりないですね。


 新しいことに挑戦することも大事ですし、自分の人間の幅を広げる機会にもなります。だからそれ自体すばらしいわけですが、金をもらってひどいパフォーマンスをするのはどうか、というのがまとめです。専門馬鹿という言葉がありますが、大学生として、最低限専門の勉強はこなしていきたいですね。


 


 

 よく、オタクについて言われることで、現実と虚構の区別が曖昧である、ということがあります。二次元の世界に嵌りすぎて、現実世界でも二次元と同じようなことを期待したり、現実では認められないが虚構の世界では楽にできること(たとえば人を刺し殺すなど)を本当に実行してしまう、という影響がたびたび懸念されます。私が生まれるくらいの頃でしたか、宮崎勤事件というのがありました。詳細は皆さんご存知かと思いますので長々と書きはしませんが、それ以来いわゆるオタの方々に向けられる視線は厳しくなる一方な気がします。とくに、いわゆるロリコン(最近ではロリペドなるものが台頭してるとか)に対する非難の目は厳しいものがあるでしょう。


 しかし、私はこう思うのです。オタはむしろ、現実と虚構の区別を自分のなかでさらに明確にしていくのではないか、と。超理想的に描かれた世界と現実の世界とは多大なギャップがあることに、割と速い段階で気付かされてしまうのではないかと。実際、美麗に描かれた絵は、現実の物に比べて極端に綺麗であります。いわゆる「萌えアニメ」のヒロインは極端に理想化されています。だから例えば、現実の世界に気になるあの子が居たとしても、多少の欠点として、シミ、ホクロ、キズを見つけてしまうわけです。だから、「あぁ、やっぱり二次のほうがええわ、うん」となってしまうのが私であるのです。そして、長くアニメの世界につかっていると、このギャップはだんだん広がり、いわゆるやらはた、魔法使いへと進化していくのではないでしょうか。


 以上は私の私見ですので、もちろんすべてのオタに通用するわけではありません。二次元に本気で恋したという意見も聞いたことがあります。それはむしろ現実と虚構の区別が曖昧になっているでしょう。


 結局なにが言いたかったかといいますと、オタをやることで、ニヒリズムを身につけてしまうのではないか、ということです。それ自体良いか悪いかは今はわかりませんが、現実に対する変なあきらめはあります。皆さんのコメント待ってます。