lispilnesserのブログ

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 これはまあ、趣味趣向の問題だろうということで片付くが、問題は「なぜ、インターネットという著作権が曖昧な空間で活動をきめたのか」だ。
 法的にも厳密に著作権は守られるように見えるが、「千本桜」、「メルト」、「ミックミクにしてあげる」など人工音声で作られた曲たちも含めその曲を使って作られた作品が多くあるようなところで厳密に「これが100%僕の作品だ!」呼べるものが少ないところで食い扶持を稼ぐために作品を提供するいうのはとても効率が悪い。
 もちろん、経費で考えればとても楽だ。ほとんどノーコストでいける。(フリーで色々と機材を買ったりしたら高いが)。だが、これだけではネット上に拠点を置くという動機が乏しい。
 経費が安いという理由以外に何があるのだろうと考えると、一番顕著なことは独特なネット上の「風習」のような空気だろう。いわゆる暗黙の了解だ。例えば、初音ミクで作った曲を別の人が歌ったとする。この場合、放送局などの場合は著作権料が発生しレコード会社及び製作者に対して支払いが発生する。しかし、この支払いということに関してはある種の強制力が発生しないと支払いは発生しない。これによって会社や個人はそのお金を使って様々なものを売買することができる。しかし、支払いが発生しないということは報酬が発生しない。
 では、その報酬はなんだろうか?実はないのか?いや、多分ある。
 このヒントはGNUプロジェクトのライセンスにに書いてある。
 補足説明をするとGNUプロジェクトはフリーソフトウェアの促進をする団体で、Linux/GNUの元祖ストールマンが作った。ここで作られたライセンスの条項には二次的著作物に関して書かれている。
 細かいところは省略してしまうが要するに、この文章は自由なのだからどのような形であれ、再発布は認められるし、条項の部分を変えなければ一部抜粋して他のサイトに使うことも許可されている、と書かれている。
 これを今回のニコニコ動画上のことと置き換えてみると、「千本桜」という楽曲は内容さえ変えなければ、JAZZ,JPOP調,演歌調だろうと、声を入れようと、三味線で弾こうとして良い。だから、必要と感じない限り著作料の要求もしないということにもなる。
 それ以外にもあまりも大きくなりすぎた二次創作物にたいして全て訴訟などをして著作権を要求することも経費もかかるというデメリットも発生するという理由もあると考えるが、これは根本的な問題とは言えないだろう。
 では、これが僕らの生活にどう関わっていくのか。
 僕らの歴史上でも娯楽作品の二次創作はいっぱいあったがそれらが海賊行為でなく、それらは一種の文化として受け入れられてきたということだろう。