帰省していた理由
先週の火曜日、15時ごろ母からの電話
仕事中だった私は着信は確認したものの、電話には出ず仕事を続けていました。
なんか胸騒ぎがする
会社にかかってくる外線にドキドキしながら、打ち合わせへと向かいました。
打ち合わせから戻ったのが19時ごろ、デスクに置いている携帯が鳴る、母からの電話
コレは?と思い、電話に出てみると父の声
母が倒れ、もうダメかもしれないと
自分は今 東京、母は宮崎、これから向かっても明日の飛行機しかない
上司に報告して退社、帰りの電車の中では祈るばかり
兄から電話、手術がはじまったとのこと
助かる見込みは半分らしい
何もできず近づくことができない自分がとても悔しくて、涙
部屋で祈るばかり、寝れずに午前4時、自宅を出て羽田空港へ。
帰路の中、最後に話した内容や、最後に会ったときの母の顔を思い出す。
母に何もしてやれなかった悔しさがこみ上げて涙がとまらない。
どんよりとした宮崎の空が見えてきた。
タクシーで病院へ、父と兄から話を聞き、集中治療室へ
母は生きていた、たくさんの管が首、口、腕、腹に刺さっている。
9時間におよぶ手術に耐えた痛々しい姿、もうただただ涙
病気ひとつしない、元気印の母が呼吸器をくわえ、眉間にシワをよせ、苦しんでいる。
見守ることしかできない。
3日間眠り続け、目覚めた金曜日の朝
父と自分に気づき、再会を喜んだ。
翌日には病棟に移り、今朝まで付き添っていた。
そして東京へ帰ってきた。
母への思いから、家族の絆、これまでのこと、これからのこと
悲しみから、喜び、いろんな気持ちを感じる日々だった。
起こった出来事をかなり中略してしまっているが、後に記そうと思う。