父が退院してから13日目、昨日の朝とうとう再入院しました。

私と妹と父の3人のグループLINEでは、毎朝「おはよう」から始まって、「おやすみ」で締めくくって1日が終わります。

昨日の朝も父の「おはよう」から始まったのですが、少し目を離している間に容態が急変。

(ボイスには「緊急…連絡を…お願い…します」いう切れ切れの父の声が録音されていました)

 

さっきまで会話していた妹は子育てで疲れ果てて寝てしまっているようで(このときは既読はゼロでした)、連絡できるのは遠く離れた私しかおらず、急いで父のお世話になっている訪問看護ステーションの緊急連絡番号に電話しました。看護師さんは、いまからご自宅に電話してみますね、と言い、切りました。
 

7:01、ふたたび訪問看護ステーションから電話が。

「いまお父様にお電話をしてみました。寒いから冬物の上着を持ってこようとしたら、まず指から何から身体中がつってしまって、さらには息も詰まって動けないとおっしゃっています。今から行ってみてきますねー」と呑気なことを言っているので、

「いえ、あの、すぐ救急車を呼んでもらえないでしょうか。ふだん自分からこんな風に訴えることはないので、きっと物凄く苦しいんだと思うんです!」と私が言うと、

「ではこちらから救急車を呼びますね」と言っていったん電話を切りました。

 

7:08、訪問看護ステーションの別の女性から電話があり、

「再度私のほうからお父様にお電話したのですが、次は電話にお出になりませんでした…。

一応、119番のオペレーターには、かかりつけの主治医が○○病院であることを伝え、5分くらいでご自宅に到着するとのことです。ただ、そちらに長女さんのお電話番号をお伝えするのを忘れてしまって…」

 

2度目の電話には出なかったんだ…やばいのかな…という不安が私を襲いました。

それにしても、いろいろ手際が悪いな…と思いながらも、

「いいです、父はヘルプマークを身に付けてるんで、そこに次女と伯父の連絡先が記してあるので、連絡待ちます」と言って切りました。

 

その日は火曜日で、私は休みだったのですが、過日亡くなったおじの相続税の申告で、税理士さんとの面談がその日の午前中に控えていました。最悪夫に任せて、私は今すぐ飛んで行くべきか…かなり悩みながら、とりあえず身支度を整え始めました。

 

7:38、やっと妹から電話がきました。「お姉ちゃんごめん!油断してた…」

それまでの経緯を話し、看護師さんの言う通りならすでに救急車は来て搬送されてると思うけど、家の鍵とかどうなんだろう?意識がなければ壊すのかな?というような話の後、妹は義弟に子供を預け「いまから実家の鍵を確認して、○○病院に行ってくる!」と言い、電話を切りました。

義弟はちょうど、会社に行く支度中だったのですが、休みにしてもらい、姪の面倒を見てくれることに。決算期で超多忙のなか、本当に申し訳ない…。

 

8:11、妹が実家に着くと、鍵は閉まっていたそうです。どうやら救急隊の方が開け閉めして、ケアマネさんや訪問看護ステーションと情報共有していた「ある場所」に隠しておいてくれていたそうです。

 

8:17 妹に頼まれ、電話をかけてケアマネに事情を説明。午前中の訪問のキャンセルと、午後の通院介助(オプション)のキャンセルをお願いしました。ケアマネは「そうですか!ちょっと今から訪看さんに電話して確認しますね!」と言い、切りました。

 

8:37 妹が○○病院に到着すると、すでに父は無事にこの病院に搬送されており、検査中とのこと。意識はあり、話はできますよ、と看護師さんから言われ、ホッと一安心。妹が実家に行って必要なものを探しているとき、すでに財布や携帯、おくすり手帳の入ったカバンが無かったので、意外に余裕があったのかなぁ…と妹。

 

9:02 父、レントゲン撮影室に移動。

 

9:40 さらにCT撮影室に移動。ここから電話やメールなどの通信は禁止ということなので、連絡取れなくなるよ、よろしく、との電話。

 

10:55 妹からLINE。「入院になりました。取り急ぎ」

 

11:23 病室が決まり、呼吸器内科の病室が空くまでは、外科の病室の大部屋に入っているとのこと。私だけでなく、父に関わる全ての人が「入院」と聞いて、ホッとしたと思います。あの父の状態で、独居ではいくら限度額まで介護サービスを付けても限界であると思っていました。

 

妹が「救急部屋」と呼んでいる場所(ICUではないらしい。正式名称は不明)でも主治医から多少話を聞いていたのですが、父が傍らにいたので込み入った話ができず、父に内緒で主治医と約束し、現在大部屋でそれを待っているという。

 

「救急部屋」で受けた説明では、血液検査の結果、炎症値(たぶんCRP)が高く、肺炎を起こしている。CTではパッと見た感じは変わらなく見えるが、以前撮ったものと比べると若干悪くなっているかな、という感じ。とのこと。

 

大部屋に移動した今は、いびきをかいて寝入っては、身体がつって痛くて起きてしまう。また落ち着いていびきをかいて寝入っては、身体がつって痛くて起きてしまう…の繰り返しで、苦しそう…とのこと。それにしても父のいびきが酷すぎて、大部屋だと気まずいらしい。そうだよなぁ。

 

12:21 主治医が来てくださり、妹と面談。概要は、

 

まず一連の体調不良の最たる原因は「肺炎」です。わずかですが血痰が出ていました。

これが増えてくると(喀血)非常に良くないのですが、現段階ではまだ分かりません。

 

とりあえずの処置として、抗生物質の点滴をしているのですが、この点滴が効くようなら細菌性由来の肺炎なので手の打ちようがありますが、この点滴が効かない肺炎(間質性肺炎)であるなら、もうステロイド治療ができないため、手の打ちようがないです。

(父はすでに限界値までステロイドを投与されているので、これ以上投与すると、重大な細菌感染を起こして死亡するリスクが格段に上がる)←ステロイドは免疫を抑制する作用がある→肺炎をはじめとした炎症を抑えるが、体内に侵入した悪い菌を倒す機能も抑えてしまうため。

 

退院のメドは今のところつきません。退院前に(妹に)お話しした通り、(亡くなるまで)退院はできないかもしれません。ただ私は、つぎに救急搬送されるときは、これよりずっと悪い状態を覚悟していたので、今回拝見した限り、思っていたより悪くはなくて良かったです。

 

との事でした。

 

しばらく妹からの連絡が途絶え、その間私は税理士さんと面談したり(やっぱり夫だけでは書類がどこにあるのかトンチンカンだったので、千葉へ飛んで行かなくて正解でした…)、相続した不動産の登記簿謄本を法務局で取ったり、3つの役場で名寄帳を取ったり、こちらもこちらでバタバタしていました。

 

14:02 妹から再びLINE。「いったん実家に帰ってパジャマや下着や、いろいろ病院に持ってきて今に至る。これで帰ります。」…内容が淡々としてるから、とても疲れたんだろうな…。妹よ、ありがとう、そしてごめんよ。。。

 

15:00すぎ、私は少し前から蓄膿症になっているので、耳鼻科で順番待ちをしているときに、父の実の兄に、きょうの内容をざっと書き、メールしました。詳しいことは妹に聞いてくださいと文末に記したので、夜、伯父から妹に電話が行ったそうです。

妹が詳細を話すと、ふだんノホホンとした伯父でしたが、「それは、なんだかちょっとマズいね。今週末に見舞いに行くよ。」と。

 

私は追って、「父がまだ話せるうちに、一番上のお兄様はお会いにならなくても大丈夫でしょうか。少し前に、兄弟3人で会いたいなぁと言っていたので…」とメールしました。返事はいまだ来ず…。

 

このメールしている伯父は、3兄弟の2番目で、父は末っ子です。とはいえ、一番上の兄は実は養子なので、ちょっと疎遠なのかな…とも思い、差し出がましいことを言って、気を悪くしちゃったかな…と後で後悔…。

 

日付は変わって、現在(5/9 20:00)、相変わらず、妹と私と父でグループLINEを再開していますが、父の文章は支離滅裂になってきたり、既読しか付かなかったり、ちょっと心配です。先週まではウザいくらい、一挙一動をLINEしてきたのに…。寂しいですね。いろいろと。

 

とりいそぎ、記録として。