今日は終戦記念日でした
小学生の頃から映画を見たり本などで
戦争の事に触れて来ました
戦後70周年の時に世界平和コンサートで
広島の原爆で12歳で亡くなった
禎子さんの祈りを躍らせてもらった時をきっかけに
更に平和を更に強く祈らざるにはいられなくなりました
原爆や戦地で亡くなった多くの命
戦争の悲劇はそれだけでなく
蟹工船の小林多喜二は権力と戦うペンをとり
拷問の上虐殺され反戦で命を落とした人達
歌謡ダンスの92歳のメンバーのお姉さんのように
赤十字で看護師の活動中、中国でソ連兵に強姦目的で
拉致されて自決した女性
中国での日本人の悲劇
アメリカの日系人、二世の悲劇
そして戦争は人を狂気に変えてしまう
731部隊捕虜の人体実験や他国への暴力
人はこんな体験をするために
生まれてきたはずじゃなかったはず
戦後74年経っても敗戦国というアメリカとの
関係性は続く中で
核の問題も解決してない現代で
平和が保たれるのか・・・
そんな不安がありますが
地球全ての人類が幸せに
世界平和を切に祈り語り継ぐしかないと思います
〜18歳回天特攻隊の遺書〜
お母さん、私は後3時間で
祖国のために散っていきます。
胸は日本晴れ。
本当ですよお母さん。少しも怖くない。
しかしね、時間があったので考えてみましたら、
少し寂しくなってきました。
それは、
今日私が戦死する、通知が届く。
お父さんは男だから
わかっていただけると思います。
が、お母さん。 お母さんは女だから、
優しいから、涙が出るのでありませんか。
弟や妹たちも兄ちゃんが死んだといって
寂しく思うでしょうね。
お母さん。
こんなことを考えてみましたら、
私も人の子。やはり寂しい。
しかしお母さん。
考えて見てください。
今日私が、特攻隊で行かなければ、
どうなると思いますか。
戦争はこの日本本土まで迫って、
この世の中で一番好きだった母さんが
死なれるから私が行くのですよ。
母さん
今日私が特攻隊で行かなければ、
年をとられたお父さんまで銃をとるようになりますよ。
だからね、お母さん。
今日私が戦死したからといって
どうか涙だけは耐えてくださいね。
でもやっぱりだめだろうな。
お母さんは優しい人だから。
お母さん、
私はどんな敵だって怖くはありません。
私が一番怖いのは、母さんの涙です。


