地元トリノのユベントスファン

 

ある国、地域の人々に対して、○○の人は頑固だから、なんていうのは日本でも良く言うと思います。同じようにイタリアでも、地域の人々の喩えがあります。たとえば、ジェノバ人はケチ(Avaro)、ミラノ人は生真面目(Serious)そして、ピエモンテ人はBugia nen。

 

Bugia nenとは頑固者、融通が利かないといった意味合いで、トリノを含むピエモンテ地方の人々の気質と言われます。

 

イタリア人ってたいがい陽気で女好きで昼間からお酒を飲んでいるイメージもありますが、トリノの人々は少し違っていて、時間厳守、大声を出すのを嫌がり、女性に対しても奥手な雰囲気があります。それは元々王都であったことや、フランス文化の影響が強い事、土地柄や歴史的に我慢を強いられてきたからかもしれません。

 

トリノ市内を走るトラム。ほとんど時間通り。ローマと違ってストもほとんど無い。

 

そんなトリノに生まれ育ったフェデリコ・テシオも十二分にブージャネンの気質を受け継いだと思います。目立ちたがらず無口で、多くを語らない。紳士的で大らかだけど、社交的ではない。しかし、信念に拘りすぎて、大局を見失うとことも。

 

派手好きで社交的、産業界のみならず政界にも幅を効かせていたマルセル・ブサックとは正反対といえます。

 

でも。きっとパドックで出会ったときは仲良かったと思いますよ。ブッサクともスタンリーとも楽しく馬作りを語り合ったと思います。

その時は何語だったのでしょうか。フェデリコは英語は多少分かったと思いますし、欧州人は今でも隣国の基本的な言語が話せる人は普通にいるので、お互い英語、仏語、伊語が混じった会話で意思疎通できていたんなら、きっと楽しいでしょうね。

「今度、Goyaをつけたいので頼むよ」

「Djebelの方が良いと思う」

「私はBlue Peterをすすめるね」

とか、羨ましい会話ですね。

 

ロンシャン競馬場のグラディアトゥール像

 

フェデリコ・テシオがろくすっぽ生産理論を語らず、書き記さず亡くなったのも、彼の気質だったからかもしれません。もしくは、私は全部話したし、ちゃんと本にして書き残しているじゃないか。なのに理解できないのは、君たちが悪い。

なんてひねくれているかもしれません。でも。だから、フェデリコ・テシオは魅力的なんですよね。