「帰りたくない」。
冗談めかしてなんどもつぶやく声に、耳をふさいだ。
求職者支援制度を利用して我が家に3ヶ月間寝泊まりしていた友人(パンダ)は、1月24日に無事スクールを修了し、私が風邪でダウンした1月25日の夕方4時頃、車で迎えに来た母親と共に帰って行った。
あと数日は拙宅で過ごす予定だったが、迎えの都合で急遽25日に早まった。祝う暇も、惜しむ時間も無くなってしまった。
パンダさんが我が家に「避難」してきていた理由は、暴力をふるう父親と、それに追従する母親のせい。無職のまま日々をやり過ごすことに焦りを感じ、頑張って求職者支援制度の面接に通ったのに、「できが悪い、何をやっても無駄だ」と罵られ削れゆくばかりの日々では通いきることすら危うかったから。
それでもパンダは母は「風邪気味のリサちゃんに」と、レトルトおかゆとリンゴを差し入れてくれた。なんでもないスーパーのビニールに入ったそれらを、そっとテーブルに置いた。
パンダさんが暮らしていた部屋の掃き出し窓から、じゃんじゃん荷物を運び出す。
大きなデスクトップパソコンと、数えるほどの衣類、お気に入りの毛布、私に言われて買ったクロッキー帳。
私も、かかりつけの病院まで乗せていってもらうことにした。
母親が迎えにくる直前、パンダさんは「身体の一部が前から調子が悪い。母親のかかりつけ医院があるから、そちらにいく」と訴えていた。
なんでもっとはやく、教えてくれなかったんだ。
「必ず連れて行ってあげてください」と母パンダに言い含めて、私の病院の駐車場で降りて、窓を開けておずおずと手をかざす彼女の指先に触れて、じゃあね、と言った。
電車でたったの一駅、バスで15分の距離だけど、会おうとすればいつでもあえるけど、月末にテストがあるというから、その後に打ち上げをする約束だってしたけれど。
彼女が、ウチに「ただいま」と帰ってくることはもう無いのだろう。毎朝、お湯で溶くだけの昆布茶を煎れてくれることも、ない方がいいんだ。
仕事を決めて、家をでて、両親を見返して、好きな絵を描いて痩せていまよりは少しでもハッピーに暮らしていけますように。
結局わたしは腸の風邪だった。そういえばかかりつけの「もりや大人子どもクリニック」も、パンダさんとはじめてであった小学生の頃からお世話になっている。
家にかえると、パンダさんからの手紙が目に入った。出る前に見せてもらったのだけれど。
生クリーム色のクロッキー帳の一葉に“キャッ”と喜こぶパンダのイラストに添えて、「ごめんなさい」と「ありがとう」がくどいほどに連ねてある。最後には、私の友人知人へのメッセージも。
「関わってくださった他の方々にも、よければありがとうとお伝え下さい。」
私の怠慢で何日も間が開いてしまったけれど、3ヶ月間気にかけてくださったみなさま、本当に有り難うございました。
*私たちの3ヶ月に意味や意義を見いだすことも、こじつけることもできるけれど、今はこれでやめておく。
*思い返しつつ時々また書きます。
*その後のパンダさんのことも、また書きます。今もメールしてたし。
*とりわけ、chikaちゃんめーさんに感謝です。ありがとうございました。
*同居のいきさつははこちら。
求職者支援制度(10月1日施行)を利用する“幼なじみパンダ”と見切り発車同居スタート!