久しぶりのブログなのに少し悲しい話になりそうです。
誰に向けて書くわけではなく、ちょっと自分の気持ちを整理するために書きます。
母方の祖母が今危ない状況らしい。
あと何日という状況だと母から聞いた。
3年ほど前に倒れてから寝たきりだったがついにその日が来てしまう。
電話で聞いたときはある程度予測していた事態とはいえ、いざとなると言葉が出なかった。
電話を切り、祖母の顔を思い浮かべてみた。
はっきりと思い出せない。
顔だけじゃない。
声もよく覚えていない。
そこで初めて気が付いた。
祖母が倒れて見舞いに行って以来会っていないということに。
私は今一人暮らしで実家を離れている。
祖母の家はその実家より離れたところにある。
それもありなかなか都合が合わず、会いに行けてなかったが、まさか3年もたっていたとは。
言い様のない後悔に似た気持ちになった。
別に避けていたわけでも行きたくなかったわけでもなかった。
ただ本当に時間がなかった。
なのに少し罪悪感を感じる。
今更こんなことを考えてもしょうがないのに。
祖母は破天荒な人だ。
あの人からしっかり者の母が生まれてきたとは考えられない。
普段絶対泣かない、というか泣いてる姿を想像できない母が泣いてる姿を初めて見たのは、祖母と口論しているところだった。
それを見た幼い私は、祖母を大好きな母を泣かせた悪者だと思っていた。
今思えばあれはしっかり者の母が唯一子供になれる瞬間で、あの二人が親子であるという紛れもない証拠だったんだと思う。
そして、私は成長するにつれ祖母は私の大好きな人になった。
一緒にお話をしてると自然と笑顔になれた。
厳格な祖父と祖母の喧嘩は傍から見ると夫婦漫才のようで、爆笑ものだった。
なのに今は祖母の笑顔も思い出せない。
いつも笑ってる人だったのに。
3年前も笑顔はなかった気がする。
うまくしゃべれないのに必死に話しかけてきたのは覚えてる。
なのに会話は覚えてない。
悲しい。
まだ生きてるはずなのに。
祖母にもしものことがあっても学校もあるし無理して帰ってこなくていい、と母から言われた。
確かに今は難しい時期だ。
でも、私はあの人の顔も思い出せないまま一生会えなくなるのかと思うと、多少無理をしてでも会いに行きたいと思う。
脳にも影響がある病気なので私のことは覚えてないかもしれないけど。
現に一回記憶喪失になり、私だけでなく祖父や母のことさえ忘れてしまったことがあった。
その時は記憶を取り戻したけど。
今はどうなんだろう。
誰かのことを忘れるのも、誰かに忘れられるのも、すごく悲しいことだ。
私が身近に死を経験したのは中学生のとき父方の祖父だった。
電話で亡くなったと報告を受けたときは、悲しかったけど涙は出なかった。
でも、実際に祖父の遺体を目の当たりにしたとき嘘みたいに涙が出た。
急に現実なのだと思い知らされた気がした。
葬儀屋さんが『体液が出てくるので穴には綿を詰めておきました。』と言ったとき、祖父が人でなくなったような気がして嫌だった。
それと同時に触りたくないと思った。
汚らわしいと思ったわけじゃない。
嫌悪感はなかった。
でも触れてしまったら、祖父が生きていないという現実を受けとめざる得ないと思った。
それがとても嫌だった。
ついに火葬という時、私は意を決して祖父の額に触れた。
冷たかった。
冬の寒さで冷えた体とは全く違う冷たさだった。
人は死ぬとこんなにも冷たくなるのだということを知った。
それまで止まっていた涙が急に零れてきた。
祖父は死んでしまったのだとその時初めて現実を受け入れた。
その死を知っているから、これから訪れるだろうお別れがとても怖い。
当たり前にいた人がいなくなり、その人の記憶が薄れていくのが怖い。
大切な人のお別れに後悔はつきものだ。
ああしておけばよかったなんて山ほど思い浮かべられる。
その後悔をどれだけ減らせるのか分からない。
残された時間は認めたくないがきっと少ない。
