先日、ある面識のない方の訃報に触れ
その方の生存中のつぶやきを見て
「これは過去の苦しんでいた私だな」
と思うところがあり、久しぶりに
書き記しています
自分の中を整理するために。
その方はおそらく長く心を病んでおられて
お辛い日々が続く中で
命を落としてしまわれたのだと思います
その方の日々の言葉を振り返るだけで
胸が重く、苦しくなります
それは私の体の記憶と繋がるからでしょう
私もうつを10年ほど患っていたので
その辛さは痛い程わかります
光の見えない真っ暗なトンネルを
ずっと歩き続けている様な
いつも何かに苛まれている様な
頭の中が世界中のありとあらゆる恐れで
満たされている様な
いつまで生きていなければいけないのか
スイッチ一つでポンと死ねるなら
いつでもこの世界を終わらせてしまいたいと
毎日思っていました
そしてこれは
「うつ」の時に限る話しでなく
今の私でも時折起きることなのです
実は今まさにそんな時間を過ごしています
理由や原因らしきものがある時もありますが
多くは「ただそう(憂鬱)なっていて」
それを「これが不安の原因だ」と
脳が後付けしているだけのように思います
「寛解」と医学的に言われる状態に
なったとはいえ
根底から自分が別の生き物になった訳では
ありません
過剰に繊細で
多感で
明確な理由が無くても
気分がジェットコースターの様に
短時間で浮き沈みする自分の気質が
変わるわけではありません
ただ、私には「今死んだら後悔するな」
というやりたいことがまだあり
なんとか死なない為に出来る限りの
知識を身につけ
自分を探求し
その知識を実践し
大きな恐れに飲み込まれ続けている自分を
そう感じ無い様に捉え直したり
体から整えるなどの訓練を続け
なんとかこの複雑で手に余る
「自分」という乗り物を
割と長い時間と手間をかけて
それなりに注意を払いながら
乗りこなせる様になっただけなのです
そしてそれこそが
私の生死を分けたところだと思っています
うつの真ん中にいる時でも
命を失わなかった理由だと思います
でもその負の感情の大きなうねりに
飲み込まれそうになる事が
今でも時折あるのです
そして、それは波の様であり
少し時間をおくと引いていき
そしてまた現れることも
私は経験から知っています
だからできる限り
どんなうねりが自分に向かって来ようとも
地面と自分を太い棒で串刺しにして
流されないようにただ息をして
やり過ごしたり
受け入れたりするのです
その為に必要なありとあらゆるスキルと知識を
(例えば呼吸法、イメージ、
心理的アプローチなどなど)
総動員して
どんな波の中でも自分を失わずに
自分の真ん中に居座り続ける様に
意識と体の焦点を結ぶのです
死にたいと「脳」が感じる時は
実はただ必要な栄養が足りなかったり
肩が凝っていたり
ホルモンバランスや自律神経が
バグッていて「体が辛い」ことを脳が
誤解釈しているということもあります
ただ「そういうことも有る」と
知っていること
そして気分が感情に飲みこまれない様に
出来ることがいくつもあるということを
知っていること
これが大事なことだと思っています
知っていれば
「死にたい」と感じた時に
ただそこに立ち尽くして飲み込まれるのでなく
朝日を浴びたり
深い呼吸をしたり
栄養バランスのよい食事を取ったり
散歩にいって緑を見たりして
体の世話を焼くことで
少し気分が晴れてきて
今日は死ぬのをやめて
もう少しだけ猫を撫でていようと
感じられるかもしれないのです
辛い時は少し呼吸をゆったりさせて
自分のお気に入りの写真でも眺めて
その中でくつろぐを自分を
イメージするなどして
頭の中の声から距離をおいてみてください
みなさまが少しでも今日という日を
いい気分で過ごせます様に
お辛い方のお話しを伺うセッションも
させて頂いてます
話すことで心や頭の中を整理するお手伝いが
必要でしたらお声がけ下さい




