きのうは
山のガッコの卒業式だった。

 



出勤義務はないのだが、
卒業生二人、在校生六人の
小規模校なので、
職員として盛り上げてあげなきゃ
という思いで毎年、参列している。

毎年、だだっ広い体育館で
この時季、寒くて大変だったが、
今年は広い玄関ホールになり
暖房完備だから風邪を引かずに助かった。

 



父兄からは
感謝のお手紙やお花を頂戴し、
麓の食堂からは好物のオハギが
届けられたり…と、
卒業式ならではの頂き物だった。

 



ゆんべは
オハギを食べずに
翌朝に食べようと
今朝方、パックを開けてみたら
ツンと饐(す)えた匂いがして
あらま・・・、なんと・・・、
一晩で痛んでしまっていた。

大好物のオハギだっただけに
残念至極であった。

麓の食堂の
おばちゃんの手作りなりで
防腐剤とかない無添加物だから
20℃くらいの室温でも
一晩でダメになってしまった。

 



落語の『夢の酒』じゃないが、
こんなんなら、
昨日の打ち上げランチの時に
デザートとして食べちゃったら
よかったのに・・・と、
【後悔を先に立たして後から見れば
 杖を突いたり転んだり】
という、志ん生の言う通りだった。

 

礼服に付けたラペルピンのカットガラスが

車内で直遮光を乱反射させ

プラネタリウムのようになり

面白かった。

 

***



春休みに入ったので
坐骨神経痛のハイボルト治療を
連続で行おうと連日通うことにした。

背中の凝り痛みは
筋膜リリースが効いてきて
少しずつ楽になってきた。

…********
*************

*************
****************

『母、燃ゆ・・・』

 理不尽な自然災害での愛別離苦は、当人や遺族には悲劇としか言いようがないが、それを聞かされた者にも、強烈なイメージを残すものである。
 これは、六千四百人もの犠牲者を出した阪神大震災の折、実際にあった傷ましい悲劇を元に、フィクションとして創作したものである。
 3・11でも、あるいは同様の悲劇が繰り返されたやもしれぬ。
   
***
 
1 

 午後二時四十六分。

 経験したことのないような激しい大地の揺れに、舞衣は悲鳴をあげた。
 郊外の大型文房具店に、この春からの大学生活に向けて、真新しい筆記用具を揃えようと来店していた最中だった。
 とても立っていられないほどの大きな揺れで、商品棚から、ペンやら紙の束やらがガラガラと床に振れ落ちた。
 尋常じゃない地震の来襲に、居合わせた客は、我先にと、店外へ飛び出た。
 店前の広い駐車場に立っていても、依然として揺れは収まらず、うねる波のようにその激しさが増して、舞衣は恐怖を感じ、思わず手を組んで天を仰いだ。

「神様ぁ。どうぞ、早く、この揺れを収めてください。
 どうぞ…。どうか、お願いします」

 そう祈りながらも、舞衣の鼓動は激しく打ち、完治したはずのパニック障害の発作が、再び襲ってきたような感覚に捉われた。
 店内から一緒に避難した青年が、恐々(こわごわ)とした表情で、ケータイに見入っていた。
 小学時代に、宮城県沖地震による震度5を一度だけ体験したことのある舞衣は、咄嗟に
(これは、6だッ!)
 と直感した。
 すると、ケータイ青年が
「うわぁーッ! ロクだぁ…」
 と、唸った。
(やっぱり…)
 と、思うや否や、またもや、その〈6なるもの〉が襲ってきた。

(怖い…こわい…。
なんで、こんなに長く続くの…)

 舞衣は、つい先々週、高校を卒業したばかりの乙女である。
 人類がかつて体験したことのない、未曾有のマグニチュード9もの超巨大地震が、今ここで、起こっていた。
 国道では、ほとんどの車がストップしており、あまりの揺れで乗っていられないのか、女性ドライバーたちが次々と降車して、抱き合うようにして悲鳴をあげていた。
 3分経っても、依然として、震度6で大地は恐ろしい唸りを上げて揺れていた。
 目の前のコンクリート電柱が、まるで、〈振り子メトロノーム〉のように左右に均等に振れていた。
 その振れ角は、三十度もあるだろうか。
 舞衣は、その光景に、肝を潰し、喉から何かが込み上げてきそうになった。



 激しい揺れの間は、誰もが、その場に立ち尽くし、あるいは、しゃがみこんで、離れることなぞ、とても出来やしない状況であった。
 今にも地球が壊れてしまいそうな激烈な揺れが突き上げてくるたびに、辺り一帯には
「キャーッ」
 という悲鳴と
「オォーッ」
 という怖れの叫び声とが入り混じった。

 誰もが、どうしようもなく、大地の蠢きが収まるのを祈りながら待つより術がなかった。
 時間にして、およそ三分・・・。
 安穏な日常に生きる人間にとって、非日常の恐怖が三分も続くというのは、限界ギリギリのかなりに過酷な状況である。
 しかも、これは、ジェットコースターやスリラー館のように、やがて予定調和の安心が待っている作り物の怖さではない。
 先の判らぬ、自然現象なのである。
 誰もが、無事に着地、帰還できるとは限らない、その先には「死」が待っているかも知れぬ、底知れぬ恐怖である。
 この尋常でない地震の強さ、そして、その長い持続時間に、誰もが、紛う方なき大変な超巨大地震であることを悟った。

 三分を経て、さすがの「6強」も漸くにして止んだ。
 しかし、間髪を入れずに、「5」とも「4」とも発表される余震が、立て続けに数十回ほど襲ってきた。
 舞衣のケータイは、その心とシンクロするかのように、数分おきにブルルと振るえては「地震警報」を頻発させていた。
 アスファルトの路面には、何百メートルにも渡って亀裂が走っていた。
 道路上はどの車もノロノロ運転となり、自然に渋滞が発生した。路線バスは待てど暮らせど到着する気配すらなかった。
 舞衣は震える足の外腿をパシリとひと叩きし、その場で己れに渇を入れた。
 そして、敢然と難局と対峙するかのように歩き始めたのである。
 そう。
 人間には、移動器官である歩行脚があるのだ。
 これさえ、互い違いに出していけば、やがては帰宅が可能なのである。
 三里の道も一歩から、であった。
 


 周囲の民家は新しいものは頑健にその姿を残していたが、何処か昭和臭のするような木造の古家は梁から柱から折れ、崩れ落ちるように半壊、ないしは全壊しているものもあった。
 すさまじきは巨大地震の破壊力である。
 ブロックや煉瓦作りの塀なぞは、ことごとく散乱するように路上にばら撒かれていた。

 歩きながらもケータイは相変わらず「地震警報」のたびごとにブルルと揺れ、直後に、バランスを失うほどの巨大余震が襲った。
 後日、解った処では、この日、裕に二百回以上もの大小さまざまな余震が襲ったという。
 そんな震災というのは、日本史上、ここ千年は起こっていないはず、と学者が新聞のコラムで述べていた。
 崩れ落ちた屋根瓦や、無残にも真ん中でへし折れたコンクリの電柱を目にするたび、舞衣は何かに憑かれたようにそれをケータイで撮影した。

 歩きながらワンセグに切り替えてみたら、まるで映画のワンシーンのような光景が展開されていた。
 真っ黒な津波が田畑を飲み込み、目の前を必死で逃げる乗用車を今まさに捉えようとしていた映像である。
「早くッ!」
 路上にもかかわらず、舞衣は、思わず大きな声で小さな画面に向かって叫んだ。
 それは、まさに手に汗握るような緊迫のシーンであった。
 今、「6強」を三分もの間体験した舞衣は、それが絵空事でないことを重々承知していた。
 小さなケータイ画面の中の白いボックスワゴンは、どうにか黒い魔物の虎口から逃げ果(おお)せた。その一部始終を、上空ヘリ目線のライヴとして観ていた彼女も、肩の力が抜けたように安堵した。
(海沿いの所では、大変なことになってるんだ…)
 と、この春、理系の大学に進学することになっている舞衣には、その恐ろしい顛末が容易に想像できた。

「超巨大」地震がもたらすもの。
 それが、深海でのプレート移動によるものであれば、間違いなく「超巨大」津波が発生するはずである。
 あの三分も続いた「6強」がもたらす海底変動とすれば、どれほどの規模なのか想像すらできなかった。 
(とてつもない大津波が来たんだ…)
 大地を何キロも遡上する津波は上空から観るとコールタールのように「漆黒」なんだ、ということを舞衣は初めて知った。
 それは不気味な黒。
「死の黒」であった。

 4

 内陸の盆地に住む舞衣にとって、津波の心配は皆無であったが、祖父母の代からの旧家で築六十年を裕に超えるだろう我が家が無事であるかの保障は、その限りではなかった。
 もし、主婦である母親や小学生の弟が、家の巻き添えにでもなっていたら…と、ちらりとでも脳裏に浮かぶや、その胸は早鐘のように激しく高鳴るのだった。

(どうぞ、無事であって。
 お母さん。
 さとしぃ…)

 舞衣は、次第に歩調が早まって、いつしか小走りになっていた。
 十数キロを走るなんて、高校時代の合宿以来のことである。
 でも、今は、まさに非常時である。
 つい半年前まで、現役のバレーボール選手だったことが彼女にとっては、幸いであった。
 まだ、その脚力が、さほどに衰えてはいなかったからである。
 母親の芳枝も、中高とバレーの選手で、二人を産むまでは、ママさんバレーでも活躍していたことがある。
 弟の智史も、小4からスポ少でバレーを始めたので、一家揃ってのバレー家族である。
 父親の将文(まさふみ)だけが、中高大とテニス一筋であった。
 そんなんで、舞衣は時折、智史とも母とも、全日本女子の試合をテレビで共に観戦していた。

 気が付けば、小走りからランニングのスピードになっていた。
 気が急いてならなかったのだ。
 一刻も早く帰宅せねば、という切迫した気分は、舞衣の胸を圧迫して苦しめていた。
 女の子らしいベージュの肩掛けポシェットは、いつしか彼女の背後へと廻り、そのお尻の上でポンポン跳ね上がっていた。
 
 その姿は、あたかも中学時代の国語の教科書に出てきた太宰治の『走れメロス』のようであった。
 自分を信じて待つ親友セリヌンティウス・・・・・・

 メロスは走った。
 舞衣も走った。
 ……路行く人を押しのけ、跳はねとばし、メロスは黒い風のように走った。
 野原で酒宴の、その宴席のまっただ中を駈け抜け、酒宴の人たちを仰天させ、犬を蹴けとばし、小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。
 一団の旅人と颯(さ)っとすれちがった瞬間、不吉な会話を小耳にはさんだ。
「いまごろは、あの男も、磔にかかっているよ」
(ああ、その男、その男のために私は、いまこんなに走っているのだ。
 その男を死なせてはならない。)

 急げ、メロス。
 おくれてはならぬ。
 愛と誠の力を、いまこそ知らせてやるがよい。
 風態なんかは、どうでもいい。
 メロスは、いまは、ほとんど全裸体であった。
 呼吸も出来ず、二度、三度、口から血が噴き出た。

 見える。
 はるか向うに小さく、シラクスの市の塔楼が見える。
 塔楼は、夕陽を受けてきらきら光っている。

「ああ、メロス様」
 うめくような声が、風と共に聞えた。
「誰だ?」
 メロスは走りながら尋ねた。
「フィロストラトスでございます。
 貴方のお友達セリヌンティウス様の弟子でございます」
 その若い石工も、メロスの後について走りながら叫んだ。

「もう、駄目でございます。
 むだでございます。
 走るのは、やめて下さい。
 もう、あの方かたをお助けになることは出来ません」
「いや、まだ陽は沈まぬ」
「ちょうど今、あの方が死刑になるところです。
 ああ、あなたは遅かった。
 おうらみ申します。
 ほんの少し、もうちょっとでも、早かったなら!」
「いや、まだ陽は沈まぬ」
 メロスは胸の張り裂ける思いで、赤く大きい夕陽ばかりを見つめていた。

 走るより他は無い。
「やめて下さい。
 走るのは、やめて下さい。
 いまはご自分のお命が大事です。
 あの方は、あなたを信じて居りました。
 刑場に引き出されても、平気でいました。
 王様が、さんざんあの方をからかっても、メロスは来ます、とだけ答え、強い信念を持ちつづけている様子でございました」
「それだから、走るのだ。
 信じられているから走るのだ。
 間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。
 人の命も問題でないのだ。
 私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいものの為に走っているのだ。
 ついて来い! 
 フィロストラトス」

「ああ、あなたは気が狂ったか。
 それでは、うんと走るがいい。
 ひょっとしたら、間に合わぬものでもない。
 走るがいい」

 言うにや及ぶ。
 まだ陽は沈まぬ。
 最後の死力を尽して、メロスは走った。

 メロスの頭は、からっぽだ。
 何一つ考えていない。
 ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。

 陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、メロスは疾風の如く刑場に突入した。

 間に合った。

 ・・・・・・・・・
 
 舞衣は十二キロの帰路を完走した。
 後半は全力で疾駆した。
 そして一時間内で到着した彼女を待っていたのは、無残に倒壊した我が家だった。
 



 舞衣は、必死になって瓦礫の中へと歩んだ、そして、腹から搾り出すように
「お母さぁ~んッ!
 サトシぃ~ッ!」
 と絶叫した。
 しかし、その佇(たたず)む処からは何の音沙汰もなかった。
咄嗟に、彼女は家を周回して四方八方から声掛けをした。
 そして、台所の辺りで何やら微かな呻き声が洩れてきた。
 それは耳を澄ますと、母が自分を呼ぶ声であった。

「ま、いぃ…」
 ハッとすると、舞衣は絶叫した。
「お母さぁ~んッ!
 どこぉ~ッ?」

 すると、またしてもか細い、消え入りそうな声で
「ここ、よぉ…」
 それは、明らかに倒壊した瓦礫の中から漏れ聴こえてきた。

「お母さぁ~んッ!
 聴こえるよぉ~ッ!
 今すぐ助けるからね~ッ!」
 とは、言ったものの、何をどうしていいのか分からない。

 とりあえず、声の漏れてくる辺りの瓦礫を一つずつ取り除くことしかできなかった。
 それも、小片なら可能だったが、家の梁や柱に至っては、とうてい少女ひとりの手に負えるものではなかった。
 さりとて、周囲の家々も潰れていて、何処からも救い手が現われるでもなかった。

「お母さぁ~んッ!
 大丈夫だから~ッ!
 すぐ助けるからね~ッ!」
 と、必死の思いで、そう声を掛けてはいるが、瓦礫の撤去は全くといって進捗しなかった。
 その間にも、巨大余震が幾度も足元を揺らし、そのたびに、まるで母を苦しめるように瓦礫が圧縮されていった。

「いや~ッ!」
 舞衣は、その自然の容赦ない猛攻に悲鳴を上げて抗った。
 

 
 道という道が、地震で亀裂が走り、凹凸ができて、民家や塀や電柱などの瓦礫で分断されていた。
 この状況では、いかなる車両も重機も住宅街に入ってくることは出来そうもなかった。
 内陸であるがゆえ、津波の心配こそなかったが、思ってもみなかった恐ろしいものが迫ってきていた。
 それは数軒先で出火した炎である。
 倒壊した家のコンロかストーヴが発火して、三月の乾燥した空気で瓦礫がかっこうの燃焼材となったのである。
 瞬く間に、炎は火柱へと成長し、それは生き物のように、隣家から隣家へと類焼しはじめた。
 舞衣の鼻先にも、強烈な焦げる臭いが漂った。

「だめ…。
 そんなぁ…。
 だめだよぉ…」

 舞衣は半泣きになりながら、半狂乱になって瓦礫を掻き分けた。
 しかし、掻けども掻けども、母の姿を目に見ることは出来なかった。
 そして、パチパチ、ガラガラという隣家が燃え崩れる音が迫ってきていた。

「誰かぁ~ッ!
 助けて~ッ!
 人がいるんです~ッ!
 誰か、来て下さい~ッ!」
 舞衣は半ば怒りを込めて絶叫した。
 しかし、迫り来るのは業火ばかりであった。

 その時である。

「まい…。
 まいぃ…。
 逃げて…。
 はやく…
 逃げなさい…」
 という瓦礫の中から母の振り絞るような声が娘の耳に届いた。

「やだ…。
 やだ、お母さん。
 焼け死んじゃうよ…」

 娘は涙声で目に見えぬ母に代わり、膝から崩れ折れて、足元の瓦礫に頬ずりした。

「ばか…。
 いいから…
 早く…
 逃げなさい…」

 骨折しているか、内臓損傷しているかもしれない、圧迫の中にある瀕死の母が、ありったけの最後の力を振り絞って娘に訴えた。

「お母さ~んッ!…」
 舞衣は、そこに突っ伏して号泣した。

 その間にも、炎は容赦なく、我が家の瓦礫に燃え移り、キャンプファイアの最前列にいるかのような熱風が彼女の頬に吹き付けた。
 もはや、その場にいることは、数分後に焼死することを意味していた。

「お母さ~んッ!…」
 と、何度も母を呼びながら、娘は後ずさりして、瓦礫の外に逃れた。

 その途端。

 母の声の在り処辺りから、激しい火柱がゴウーッと上がった。
「……」
 舞衣の顔がオレンジ色に揺らめく炎に赤々と照らし出された。
 
 母が燃えている。
 家とともに燃えている。

「お母さ~んッ!…」

 娘は、絶叫しながら、その場に泣き崩れた。

(ごめんなさい…)

 舞衣は、母を目の前にして救えなかったことを詫びた。
 何も出来なかった無力な自分を怨んだ。
 
 7
 
 消防車も来ず、何の救助の手も差し伸べられないまま、生きながらにして火葬された母。
 鎮火からしばらくして、父と弟の無事を知り、家族は、避難所で再会を果たした。
 しかし、舞衣の心は、目の前で焼け死んだ母親のことでどうしよもなく修復が効かない状態に陥っていた。

 泣きながらも事の顛末を話すと、それを聴いた父も弟もその場で泣き崩れ、皆で肩を抱き合って号泣しあった。

 翌日、父親は一人、避難所を出ると、焼け落ちて炭と化した我が家を必死になって掻き分け、何としても妻の遺骨を拾おうと真っ黒になった。
 そして、数時間を費やして、とうとう変わり果てた妻を見つけ出し、その痛ましい姿にすがりついて泣いた。

 煤だらけになった何やらの缶に遺骨を砕いて入れると、重い足を引きずるようにして子どもたちの待つ避難所へ母親を持ち帰った。
 この非常時に、葬式も何も出来るものではなかった。
 残った家族三人は、煤けた骨の入った缶に向かって、そっと手を合わせた。

 舞衣は、数年を経る長い精神科治療とカウンセリングの後、やっと健常な心身を取り戻した。
 そして、大学を出て、社会人となって一年目の3.11の日に、こうツイッターにつぶやいた。

 亡き母の燃え給ふ音のなかに
  まじる鳥の声あり
   仔雀の声