ごきげんよう!久我です。
4/8 TSUTAYA O-EAST 「SKAM LIFE’S IS DEAD」
タイトルで「!?」となった方いると思います。
「なんのこっちゃっ?」ていう方もいると思います。
少しお話を。
LIPHLICHは2015年12月15日まで丸ちゃん(丸山英紀)というドラマーがいました。
この「SKAM LIFE」というワード、曲はその時の4人のメンバーのイニシャルを使った言葉です。
S=進藤
K=久我
A=新井
M=丸山
4人の人生を謳った、これからの願いと決意を込めた言葉でした。
しかし、これは丸ちゃんの脱退により終わった。
だから、その後1度も演奏することなくLIPHLICHの楽曲の中で唯一封印した曲です。
その時の僕の気持ちとして過去のブログも読んでいただけると嬉しいです。
言っちゃえばこばやんには直接関係はない言葉です。
でも途中から入った人間はバンドの過去を含めて一緒に生きるので、
彼と共に自然と存在していて彼が享受することでもあります。それもこばやんは分かっている。
2016年1月24日赤坂BLITZでこばやんが加入した日。
1曲目の夜間避行でそれまでのLIPHLICHは死んで、ここから死と再生が始まりました。
「蛇であれ 尾を喰らえ」です。
思えば丸ちゃんが脱退した時から、死と生について考えるようになりました。
「蛇であれ 尾を喰らえ」はそんな死と生のことを描いている楽曲です。
ここにその気持ちが言葉として全て入っている。
アルバム「蛇であれ 尾を喰らえ」
うねり~ウロボロスから始まってリインカーネーションで死んで、最後にSHOW MUST GO ONでまた最初に戻る。バンドとして、人生として、永遠の輪廻です。
次のアルバム「発明」
音楽として新しいことをやりたくて、今までのものを終わらせるつもりで4人で作った作品。
1曲目の発明家Aで今までの歌詞の登場人物=今までのLIPHLICHを眠りにつかせて、最後の星の歯車で再び永遠を謳う。このアルバムも根本は変わらず死と生なんです。
だからなんですが実は星の歯車の歌のメロディが、ウロボロスのギターソロ後のCメロ部分でピアノでこっそり入っていたりします。気づいた人いたのかな。
そして去年のアルバム「CLUB FLEURET」
このアルバムもやっぱり根本は死と生。
この時にはもう JACK THE LIPPER は必要なくなり、死んで全て含めてLIPHLICHになりました。
死と生はもはや僕にとって永遠のテーマです。
新しいものを生み出す時に、過去を享受しながらも過去を殺して作る。
だからこそ新しいものを作れ、そしてその先も常に積み重なる過去を受け入れられる。
バンドを続ける、とはいえ極端なことを言えば人間は必ず死ぬので、たとえば僕が死んだらそりゃLIPHLICHは終わるし、そういった意味ではいつか必ず終わります。
プライベートなこともあって最近ではますますそう感じることが多くなりました。
終わらないでいたいと思っていても必ず終わりがある。
僕自身と僕の周り、色んな環境が変わりつつある。
4/8の発表にいたるまでに色々なところで出していた
「44444444」という数字は僕の中の死と生のキーワードです。
2016年赤坂BLITZ公演での夜間避行の時も。
JACK THE LIPPER 最後の予告状も。
CLUB「F」のMVも。
「44444444」→ 4/8 TSUTAYA O-EAST「SKAM LIFE’S IS DEAD」
イースター(復活祭)というものがあります。
イエスキリストが死んで、そして蘇ったことを祝う日。
他にイースターには東から昇る太陽、日の出の意味もあります。
今やるべきこと、やりたいこと、これしかない、というところまで来ている感覚があります。
このままではダメだ。新しい行動をする転機だと感じているんです。
そこに運命的なものすら感じています。
唯一無二のバンドになるために。
丸ちゃんにも久々に連絡しました。
そしてこのタイトルにすること、4/8の公演の意味、この言葉をいま使うことを話しました。
S=進藤
K=小林
A=新井
M=丸山
「SKAM LIFE’S IS DEAD」
いつか確実に訪れる死があるからこそ、それを実感し本当の意味で生きることができる。
生きるために死ぬ。全てを含めて。