続・続 人間機雷 324 | 酒場人生覚え書き

続・続 人間機雷 324

第六章 夢幻泡影
三 歳月 


3 国士への道 1 (4) 
 「最後が『仁・義・礼・智・信』の“信”だが、心と言葉、行いが一致し、嘘がないことで得られる信頼なのだよ。嘘のために一度損なわれた信頼を、取り戻すのは難しい。たとえ、仁なる生き方を実践していても、人に信頼されないことには社会で生きていけない。信頼は、全ての徳を支えるほどに大切なのだ。
これについてはこんなたとえ話がある。二宮尊徳はしっているだろう。彼は生活が苦しい藩士のために、“五常講”という金融の仕組みを作った。五常すなわち『仁・義・礼・智・信』の徳を実践するものであれば、その“心”を担保にお金を借りられるというものだった。借りた者は、借りたときの感謝の気持ちを忘れずにきちんと返せば、五常の徳を実行したことになるというこの制度は、後の信用組合の原型となったのだよ」

これは「生きる基本」であり、自分磨きの基本中の基本であると諭されてからというもの
仁:礼に基づく自己抑制や他者への思いやり
義:物事の理にかなったこと。道筋を通すこと
礼:社会の秩序を保つための生活規範。けじめを持って行動すること
智:物事を理解し、賢いこと。知恵を磨き続けること
信:約束を守ること。守れないときは事前にお詫びし、了解をいただくことを自問自答しながら日々を過ごすようになったのだが、過去を振り返ると冷汗一斗の思いに襲われることしばしばであった。

 

                          

秀敏は四書五経に取り組んだ。
四書五経とは儒教の教典で重要な9種の書物のことで、四書は、「大学」「中庸」「論語」「孟子」、五経は、「詩経」「書経」「礼記」「易 経」「春秋」である。
もともと孔子の時代には、詩経、書経、易経が明確に整理されていただけだったが、そのご漢代までの間に礼に関する『小戴礼』を、楽に『詩経』をあてて、儒 家の基礎経典としての五経が尊重されるようになったのだ。また、宋代に朱子学が興って、儒教を体系的に学ぶために儒家の経典をまとめ、論語を中心として礼 記から大学と中庸を独立させ、儒家思想について多く書かれた孟子を加えて四書としたのである。


ちなみに『大学』は前430頃書かれたもので、もともと『礼記』のうちの一篇。漢の武帝が儒教を国教と定めて大学を設置した際、その教育理念を示したものとされ、要するに君子の学習方法を論じたものである。
『中庸』もまたその頃書かれたもので、『大学』と同じくもともと『礼記』のうちの一篇。中庸とは偏りが無く永久不変という意味で、道徳の原理、不変の道理を論じたものである。
『論語』は上下20篇からなり、孔子の談話、弟子の質問に対する答、弟子同士の討論などが書かれているが、漢代には、魯国に伝わった『魯論』20篇と、斉国に伝わった『斉論』22篇、古文で書かれた論語『古論』21篇の三種類があった。その後漢代末に鄭玄 が『魯論』を基礎として現在の20篇に集約したものが現在伝わっているものである。
『孟子』は孔子の弟子・孟子による、『論語』を真似た言行録であり、当時の儒家の標準的理解が記述されていて、孟子の仁義を中心とした思想によって解釈されている。
また五経のうち『詩経』とは前470頃書かれた中国最古の詩歌全集である。西周初期から春秋中期(前11世紀?前6世紀頃)の多くの詩の中から孔子が雅楽に合う305編を選んで編集したもので、地方民謡の『国風』、諸侯歌謡の『小雅』、天子歌謡の『大雅』、霊廟歌謡の『頌』の4章で構成されている。

                                                                                  続

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