続・続 人間機雷 262 | 酒場人生覚え書き

続・続 人間機雷 262

  第三章 夢幻泡影
二 孤 旅
3 酔いどれ権六(2)
さして広くもない玄関口を、手伝いのおばさん女中らしき数人が、夕飯をのせたお盆を持ち運んでいるなか、同級生だったという男は、権六を部屋に自ら案内した。2階の奥まった小さな部屋だった。
「夕飯は食っただけえ」
「まだだ」
「ちょっと待ってろし。いま支度をさせるから。この時間じゃ残りもんしかねえけんど良いけ」
「残りもんでもなんでもいいから、いっぺえ持ってきてくりょう。腹が減ってうっ死んじもうだ。それに酒があったら酒も頼むずら」
「配給の合成酒ならあるかも知れんけんど、それでいいけ」
「それでいい」
亭主自らが運んできたお盆の上に、どんぶりに山盛りの麦飯と、里芋の煮っ転がし、山盛りのタクアン、ネギの味噌汁がのっていた。
酒は大きな湯飲みに、なみなみと入っている。


権六は湯飲みの酒を半分ほど飲むと、タクアンを口に放り込みバリバリと嚙み、残りの酒を一息に飲み干した。
「うまい!」
腹から絞り出すように言った。
「もう一杯くりょう」
「他の客にも出さなきゃあならんし、酒はそれで終わりだあ。葡萄酒ならあるけんど」
「密造酒けえ」
「シイッ!権六、でっけえ声していうな・・・・こんな世になっても税務署がうるせえだに。見つかりゃあ葡萄酒は没収だし、とんでもねえ税金をひったくられるだ」
「ほんなにビクビクこいちょ。良雄は相変わらず小度胸だなあ。子供の頃と変わっちゃあいんじゃんけ。葡萄酒でもなんでもいいずら。一升瓶で持ってきてくりょう」
「持ってくるけんど、他に言っちゃあ駄目だぞ」
「グチャグチャ言っんで、早く持ってこうし!」
一杯目の酒が早くもまわってきたのか、赤黒い顔に白眼を赤くした権六が怒鳴りつけるように言った。
良雄はその剣幕に、逃げるように出て行った。

 


 

権六はどんぶりの麦飯に、里芋の煮っ転がしの汁をかけると、ガツガツと食った。
うめえ・・・・またしても呟くように言った。
満州で関東軍の厩で馬糞の始末をしていた権六が、日本人でありながら馬賊の頭目になっていた日向東崇に付き従って馬賊の仲間に入り、下働きをしていたのだが、やがて敗戦と同時に日向東崇は馬賊から抜けたのだが、才覚のない権六は匪賊に身を落とした。

 

その荒くれ者に混じって、生ニンニクをかじり高粱から造った焼酎白乾児(パイカル)を飲み干し、脂ぎった豚肉や、饅頭や、臭い羊肉のごった煮のようなものばかりを喰ってきた。日本に帰り着いて引揚者の臨時収容所では、代用食のようなものばかりを喰わされてきたから、この橋爪屋の飯は故郷そのものだった。
兄者に追い出されんかったら、今頃はおっかあの作ったホウトウでも腹イッペえ喰えただに・・・・悔しさがこみ上げてきた。
「ちくしょうめ!」
とうめくように言った。
                                                                                        続

 

                                                                                                            次回5月15日