4/24土曜日は同じカネフラメンバーやべっち邸の
お隣さんのMike&みっちゃん家で
みっちゃんの誕生日パーリィ~ケーキ
先週末もやべっち&ネギボー邸でぱーりぃ~だったので
2週続きアップ

まぁ、しかし鎌倉七里に住む皆さんの料理の美味い事美味い事。
$らいよんび~んず的日記
ケータリングじゃありません。
$らいよんび~んず的日記
主役であるはずのみっちゃんの手料理はもちろん
持ち込まれる料理がスゴイスゴイナイフとフォーク
相方Sallyが「全員お嫁さんにしたい。」とつぶやいたのが
わからないでもない。
こんなっもんだから、そりゃぁワインビールが進むわけでゴザイマス。
$らいよんび~んず的日記
またまたみんな良く美味しい日本酒からワインまで知ってる事。
素晴らしすぎです。
$らいよんび~んず的日記
ケーキももちろん手作り。

こんなに楽しく美味しく笑ってばかりの夜が
2週連続だなんていやぁ~嬉しい。
このままダメダメ人間になってしまいそうで恐くもある(汗)

$らいよんび~んず的日記
みっちゃん、誕生日おめでとう!
そしてありがとう。

結局、オレはこのままMike&みっちゃん家に泊り
翌日Mikeにパエリアを作ってもらい
朝から晴れを浴びながらベランダでビール
Mikeが仕事で出かけたというのに居座り
昼ごはんまでご馳走になってしまった叫び
フラメンバーのMr.Zuminoやこーちゃん、
カヤック仲間ちうさんなんかもやってきたりして
すごく平和な時間を過ごさせてもらった。

Mikeありがとね~。
みっちゃん、お世話になりっぱなしでしたぁ。

またよろしく~(オイッパンチ!)
$らいよんび~んず的日記
半年かかってようやくニューメキシコから
Hand wovenのインディアンラグ、チマヨラグで出来た
ミニトートバッグのボディーが届いた。
これからこれにサドルレザーの取っ手を製作し取り付けて完成チョキ
$らいよんび~んず的日記-OWL
先週末、児島から姫路にかけて出張。

まずは今ではすっかりデニムで有名な岡山・児島に入る新幹線
Gパンを作りたくて作りたくて、何回も通い
生地から糸、附属に関する全てを選び、そして造り
今ではOEM生産を行わなくなった工場の社長に認めてもらい
取り引きがスタートした昔が懐かしくもあった。
今回は別の工場ではあるけれど、ずっと協力して頂いている
デニム工場さんへGOアップ

工場で打ち合わせの後、生地屋さんを回って終了。
ご好意で倉敷の職人さんのところまで送ってもらう。
取り引きは数年に渡るのに、実際にお会いするのは今回が初めて。
お互い旧知の仲のように笑顔で打ち合わせ。
お会いして再認識したのだけれど
ポリシーを持った若き素晴らしいクラフツマンだった。

その後、新幹線で姫路へ。
翌日は、まず革物の工場さんへ入り打ち合わせ。
そして次は社長であるお父さんの代から考えると
20年を超える付き合いのタンナーさんへ。
今では息子である専務がしっかりとその後を引き継いでいる。
いつも思うことだが、こうやって後継者がいて
更に発展しているのを見ると
とても嬉しくなる。
有意義な打ち合わせを終え、帰路へ。

今回の出張も得るものがかなりあり
刺激された事もたくさんあり
これからのモノ造りに役立てて行きたい
いや、きっと実になっているはずと確信した。

皆さん、どうもありがとうございました。




あ、画像は児島でお昼をご馳走になった梟亭。
地鶏の炭火焼の店で、炭火焼はもちろん
お昼の親子丼もサイコーチョキ
取引先の工場さんも震災の被害に遭われたところもあり
無事の確認をしながら、少しずつ仕事の再開を進めてきている。
いつまでも止まっているわけには行かず
経済を活性化させるためにも、もちろん支援についても
自分の出来るところからと日々思い、行動。

先週から徐々に打ち合わせも始まり
仕事をしながら郵便局に行って赤十字に送金したり
見かけた募金箱には進んで募金。
友人の実家も被災し、両親を東京へ連れ帰り
また支援物資を届けると言うので
現地で不足していると聞いたものを、揃えて託した。
従姉妹も被災し、茨城の家屋が全壊。
先日、幸運にも住居が決まったので、引越しの手伝い。
手伝った後のその家族の笑顔がとても良かった。
こちらが元気とやる気をもらった。
協力してくれたのは、やはり気仙沼の実家が被災し
避難生活をしていると言う友人のMax。
彼もまた、今週物資を届けに行くと言う。

オレもこれからもまだまだ続けるゾ。

そして、全て異なるブランドだけど、量産品やサンプルが続々とUP。
$らいよんび~んず的日記
引き裂き強度に優れる素材をベースに製作したショルダーバッグ。

$らいよんび~んず的日記
オイルドレザーを使用したウォレットコード。

$らいよんび~んず的日記
手・指に吸い付くようにフィットする事を考え
パターンと縫製を考慮したレザーグローヴ。


少しずつ少しずつ、前を向いて。


$らいよんび~んず的日記
とてつもなく大きな揺れが来た。
何が起こったのか一瞬わからなかった。
即、頭をよぎったのは家族の事、仲間の事、友のこと。

とにかく今は自分に出来る事をやろうと誓った。
そんな中、友人でもある彫鼬さんの日記
またその友人の方の日記に同感したので、ご本人の了承の基、転載します。
      
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何かを隠して生きてきた。このままでいいのだろうかと
おそらく皆が思っていた。
地面が大きく揺れ、目の前の道がパックリ二つに分かれた。

 恐怖と愛だ。

 疑心暗鬼にかられ奪い合いや流言の最中に身を投じる人、そして、
身近な生命に手を伸ばし、しっかりと手を繋ぐ人
遠くの苦しみに耳を澄ませ、静かに願うひと。

 人間を突き動かしている2種類の原動力の
それぞれの質が明確に出ている。
この眼差しで世界を見渡してみれば、今まで見えてこなかった虚実が
はっきりとわかる。

 決して忘れてはいけない。                   
     

  生命は必ず終わる。

 ならば、その瞬間まで、死と恐怖の幻影の中に住むか、
それとも他の生命とのかかわり、活かし合いの中に身を置くかは
自分で決めることができる。
 ただし、死に方は決められない。これは平等だ。
 
 だから、自分の選択ははっきりしている。とっくに決まっていたんだ。

 町のあちこちで、いろんな人と話をした。みな殆ど同じ気持だ。
 停電が実行されていない地区からも、夜間の明かりは
殆ど漏れていなかった。
俺はますますこの国が好きになり、この大好きな人たちや
子供たちを守るために自分の命を使いたいと
強く思った。でも今は、生きること。
そして、身近なものたちを活かすこと。

 私たちの真の敵は、恐怖する心そのもの。

 心を柱にしてしっかり立とう。

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この国は
“今 ここ”から始めることができる。
そんな人で溢れてる。

過去でもなく先でもなく “今 ここ”。

壊れた経緯。
誰かの責任。
どうしてこうなった。
怒り 絶望 不安  きりがない。
だからそんなもの “今 はどうでもいい”
この瞬間に必要なことをする。

“今 道路をつくる”
“今 1秒でも早く線路をつなぐ”
“今 届け”
“今 命を繋げ”

本当は、お米を自分で担いで歩きすぐ届けたい。
本当は、灯油を沢山いれたタンクを背中に担ぎすぐ届けたい。
本当は、・・。

できないのなら、
今この瞬間に肉体に鞭打ち、
一刻も早く復旧させるため徹夜で働いている人に 
“ありがとう ありがとう 頑張って お願い頑張って 
こっちも頑張る 頑張るよ。”
と“今 祈るような思いを届ける”

被災された方が粉々に壊れた自分の家をみて
“うわぁ すごいなぁ 波の力って” と言う。
ぐちゃぐちゃに壊れた家で、2階だけは何とか眠れるからと生活し
“ここでまた生活されるんですか?”との問いに
“あったりまえさ。どこにだって災害はある。”と言い放つ。
みんな60歳はとっくに超えている。

この国は
“今 ここ”から始めることができる。
自分が大変な最中、他の人の大変さを気遣う。
そんな人で溢れてる。

この国に計り知れない破壊を持ち込んだ第二次世界大戦。
戦後日本の驚異的な回復力は、 いろんな諸々蹴飛ばして 
“今 ここ” で踏ん張った人たちの力だったんだとようやくわかった。
過去や先のことじゃなく、今を生き 
人と人を笑顔と勇気でつなぎ 支え合った人達が
現在へとつなげたのだ。

プライドとは、全ての装飾をはずしたところに残る“人としての誇り”。

この国に生まれて良かった。
今 心底そう思う。