じゃ嘘をついたことはないか、

と言ったら勿論そんなことはないです。

 

子どものころはよく親にうそをついて友達と遊びに行ったり、

もらったお小遣いで親には言えないようなものを買ったりとか

そんなことは普通にありました。

 

親はうそをついても許される存在、

親は受け止めてくれる。

そんなことを子どものころは勝手に決めていたように思う。

 

そんな子どもの頃でも友達にだけは裏切るようなことはしなかった。

そこはちゃんと親の教えを守っていました。

 

 

 

嘘をつくということは人を騙すということ、

「騙す」というと怖いですよね。

なんかすべての犯罪はそこから始まるような気さえします。

 

信頼してくれている人を裏切ることです。

 

 

私も信頼していた人から裏切られたことはあります。

 

 

裏切られたひとの心情を考えると、その人のことは一生許せないと思います。

そこで信頼関係は断ち切られる。

 

 

人と人との繫がりは信頼で成り立っています。

 

いちど嘘をついてしまったら、その嘘を隠すために次の嘘をつき

 

そしてまた次の嘘。

 

嘘のスパイラルになる。

 

もう嘘から逃げられなくなります。

 

嘘で塗り固められた人生になります。

 

どんなに正当化してもだめだと思います。

 

そんな生き方は私はしたくありません。

 

どんなに貧しくても心だけは清くありたいです

 

 

 

 

 

 

先ずは真っ当に生きること、

 

人に後ろ指刺されるような生き方はしないこと、

 

 

言いたいことはそれから、

 

真っ当に生きている人の言葉は真実です

 

 

人に後ろ指刺されるような生き方をしている人の言葉は、何を言っても

それは偽善者の言葉であり、罪悪感から逃れるために自分に暗示をかけているようなもの、正当化しようとしているものです。

欲望を満たそうとする気持ちは大事だけど、もっと大事なのは人生にしっかりと“けじめ”をつけることだと思います。

 

 

子どもは親に嘘はつくものです。

 

でも、

 

子どもの嘘は許せても

親の嘘は子どもは許さないと思います。

 

 

 

 

 

一点の曇りのないネコの目が好きです。

それと、ドジャースのムーキーベッツの目に一目ぼれ中。