「えっと、俺、2年の梅田晃輔(うめだこうすけ)って言います。おれ、ずっと先輩のこと好きだったんです。」

いきなりそんなことを告げられた朝。

私は戸惑っていた。

私には、同じ学年に“陸(りく)”という彼氏が、一応ながらもいる。

ただ、今は自然消滅寸前みたいな感じなんだけど…

「あ、えっと… 明日の帰りまでに返事するから、ね。ごめん、もうちょっとだけ待って。」

何言ってるんだろう、私。

陸がいるのに…

そんなことを思いながら、逃げるようにその場を立ち去った。



私は中学3年生、さっきの彼は2年生だと言っていた。

制服はうちの学校のだったから、後輩にあたるのだろう。

あんな子いたかな、と思考をめぐらす。

しかしすぐに諦めた。

一学年200人近くもいるのだから、知らない子もいて当然だろう。

その考えにたどりついたから。

「美香(みか)!なに浮かない顔してんのー」

「あ、由香(ゆか)。おはようー」

ぼーっと席に着いている私に声がかけられた。

由香は中学に入ってからの親友。

1年生から今までずっと、同じクラスだ。

名前が似てるからという、そんな単純な理由で話はじめて、いつしかこんな関係にまで発展していた。

「いつも通りだよ。そんな変な顔、してたー?」

「んー、違うって言うならいいけど。」

始業のチャイムが聞こえ、みんなが散っていく。

その中に、「何かあったんなら言いなよー」と言いながら、由香も混ざっていった。


言えたら、苦労しないんだけどね。

あまり心配とかかけたくないし。

自分の問題なんだし…



先生の話なんて上の空。

さっきの男の子、晃輔くんの顔が浮かんでは消え、浮かんでは消え。

なんか、かわいらしい子だったなー…

いつも笑っていそうな、すごく優しそうな雰囲気もあって。

でも、そんなことを考えるのと裏腹に、胸が苦しくなるような、切なくなるような。

そんな気持ちもあった。

きっと、“陸”という存在のせい。


そんなことでいつまでも悩んでいられるわけもなくて。

それに、友達と話したり授業を退屈だなんて思いながら机に落書きなんてことをしていたらあっという間に一日が終わった。

その時には、もう朝のことなんて頭のほんと隅のほう。

楽しい、おもしろいそんなことで、私は頭の中をいっぱいにしようと。

本能的にそうしたんだろうな。



帰り、私は由香と校門へ向かっていた。

家の方向が間逆な私達だけど、一緒なのはきっと居心地がいいから。

廊下を他愛ない会話をしながら歩いていく。

そんな時、ふと聞こえた。


「陸ー!早くしろよ!!!」

「おー、今行くって!」


陸のクラスの前を通る時。

みんなの会話に混ざって、確かにききとれた、彼の声。

また胸が苦しくなる。

由香には聞こえてなかったようで、話を続けている。

私はすぐにそれに耳をかたむけて聞こえなかったフリ。

そうやって今のをなかったことにして、忘れるの。


由香とは下校時刻ギリギリまで校門で話をし、先生にせかされながら私達は別々の家路についた。

その時の私はやっぱり、朝のことなんて忘れていた。



【つづく】