辛くて

苦しくて

挫けそうになった時。

傍にいてほしいのは…?



【その時、傍にいるのは。】



学校はつまらない。

家も居心地が悪い。

どこに行ったらいいのか分からなくて。


もう、どうしたいんだろう、私。


自分自身に問い掛けて。

自分自身で答えを探す。

空に手を伸ばしてみたけど、つかめるものは当たり前のように何も無くて。

その手は宙を探った後、虚しく元の位置に戻った。

学校なんて今日はサボり。

自分にいろんな言い訳をして、今に至る。

もう授業は終わって、そろそろ部活に、家路に、みんながそれぞれに動きはじめる頃だろう。


私、何やってんだろ…


今日一日を無意味に過ごして。

特に何も無くて。

わけの分からない理由ばかり考えている自分に嫌気がさしてきた。

そんなとき、聞きなれた機械音がすぐ近くで鳴った。

手に取って確かめると、側面のディスプレイには愛しい彼の名前が表示されていた。

出るか、出ないか。

いつもなら飛びつくように電話に出るのだが、今日は違う。

出たら、八つ当たりしてしまう気がして。

出たら、無理に笑ってしまう気がして。

出たら、泣いてしまう気がして。

自分の中で葛藤している間に、コールは切れてしまった。

少しの安心と、少しの寂しさ。

携帯を鞄の中にしまって、私は俯いて目を閉じた。


これから、どうしようか…


家には帰りたくない。

だけど、行くあてもない。

ため息をつくばかり。

どうせ、みんな、他人。

自分にはなれないのだから。

誰もその人の、自分の心の奥底なんて、わかるわけがない。

私は、言わない。

本当のことなんて、誰にも。

再び携帯が鳴り、私は少し躊躇いながらも出ることにした。

相手はさっきと同じ。


「はい。」

『もしもし?俺だけど、今、どこ?』

「どこって… 言わなきゃだめ?」


はっきり言って、今は会いたくない。

それを察してか、知らずか。


『今すぐ帰るから、俺ん家来いよ。』


そう言って、彼は一方的に電話を切った。

私は力なく立ち上がり、彼の家へ足を進めた。




彼は一人暮らしをしている。

今行っている学校にどうしても来たかったらしく、少し遠いところから越してきたのだ。

呼び鈴を鳴らすと、すぐに彼は出てきた。

「上がって。」

いつもどおり、綺麗な部屋。

男一人で暮らしているとは思えないくらい。

私はいつもの用に位置に着いて座った。

彼は「外、暑くなかった?」と言いながら、お茶を出してくれた。

「ありがとう」とそれを受け取り、一口、口にする。

彼もいつもの位置に座った。

そして、怒っているでもなく、疑うようでもなく。

「なんで電話出なかった?」

と、何気なく聞いてきた。

そんな彼の質問が、あの時の私の気持ちをよみがえらせて。


どうしよ、泣く・・かも。


八つ当たり、無理やりの笑顔、涙。

どうやら私は“涙”を選択してしまったらしい。

もうすぐそこまでこみ上げてきている。

でも、それを堪えて。

「なかなか見つからなくて。出ようとしたら切れちゃったの。」

次は無理やりの笑顔。

「いつもなら、かけ直してくるじゃんね?」

「授業中かなーと思って…」

だんだん小さくなっていく声。

無理があるかなと自分でもわかっている。

「そういえば、今日、学校来なかったね。」

「…」

ついに黙ってしまった私に、彼は優しく。

「話なら聞くって、いつも言ってるよ。」

うつむいてしまった私の顔を覗き込むようにして、そう言った。

私はぽつぽつと、話だした。



「ちょっと、自分でもよく分からないんだけどね。」

隣で彼がうなずいてくれているのが気配でわかる。

「気持ちに余裕がもてなくて…。そんな時だったから、嫌な思い、させちゃうんじゃないかと思って……」

次、優しい言葉をかけられたら泣いてしまうかもしれないというのに。

彼は簡単に

「んなこと、気にすんなよ。」

そう言って、私の隣に来て、子供をあやすように頭をなでた。

「大丈夫かー?」

冗談交じりのその言葉と、頭に置かれた手のひらと。

彼の優しさが、みごとに私の涙を誘い出した。

一粒、また一粒。

堪えようとするけど止まらなくて。

それどころか涙の勢いは増して。

彼は私の頭を胸に押し付けて、優しく抱きしめてくれた。

「あーもう… 泣くな、泣くな。」

そう彼は言うけれど、その言葉が今の私には「泣いてもいいよ。」と変換されて。

話なんてできないほどになってしまった。



しばらく泣いて、冷静になった時。

私は思っていたことを話した。

もし話なんてしたら、八つ当たりしてしまうかもしれないと思ったこと。

心配かけたくないと無理して笑って、もっと自分を苦しくさせるかもしれないと怖かったこと。

泣いて、迷惑かけたくなかったこと。

そして、


“所詮他人なんだから、心の奥底までは分かり合えない”と考えたこと。


冷たい人間って思われたかな。

それとも面倒くさい人って…

言ってから怖くなって。

時間を巻き戻せたらと思った。



「確かに、そうだけどさ」

彼は繋いでいた手を握りなおして。

「それでも、傍にいたい。それじゃ、だめ?」

優しく問い掛ける彼に、小さく首を振った。

「もっと、俺のこと、頼ってよ。受け止めるからさ。」

その言葉にまた泣きそうになって、何も言えず。

分かったと伝えるように、強く手を握り返した。



支えてくれる君を信じきれてなかった私は。

とても君に悪いことをしたと後悔したよ。

はっきり言って“面倒な私”。

きっと、誰もがそう思うだろう。

本当のことを隠して、嘘ばかりつく。

そんな自分と別れることは簡単じゃなさそうだ。

だけど、君がこれからも傍にいてくれるのなら。

その時、傍にいてくれるのなら。

次は素直になろう。



-Fin-