キスをして静まった私達。
目を合わせることもできなくて、そんな雰囲気に絶えられなくて、私は動いた。

「わ、私、もう降りるね。」
「…ん。」

彼はそううなづいた。
私は枝から幹に移り、木を降りはじめた。

その時。

「わっ!!!!!!!!」

木から足をすべらせて下に落ちた。
落ちたのに…
怪我をしたのは彼、蒼の方だったんだ。

私の手を引き寄せたと同時に、蒼も木から落ちた。
そして私の下敷きになるように。
…一緒に落ちたんだ。



「ねぇ、蒼。今年も桜が綺麗だよ。」

私は眠る蒼に話し掛けた。

「あの時は本当にごめんね…、あと、ありがとう。」

手を強く握り、何度思い出しても出る涙を必死に堪えながら。
私は言った。
「ごめんね」と「ありがとう」を。

「昨日ね、あの丘の桜、見に行ったよ。
 去年くらいから有名になってね、今年はお花見の人がたくさんいたよ。
 綺麗だ、きれいだってみんな口そろえて言うんだよ。
 でもね、私………

 蒼と見たあの日の桜の方が綺麗だと思う、の…
 もう一度、蒼と…蒼と一緒に桜を見に行きたいな…
 行きたいよ…」

頬から涙が伝って落ちた。
その時、ドアが開いて、蒼のお母さんが入ってきた。

「あら、香帆ちゃん、今日も来てくれたの?ありがとうね。」

私は涙の跡をぬぐって、蒼のお母さんに笑顔を向けた。

「いいえ、そんな、お礼を言われるようなことじゃありません。
 むしろ、謝らなきゃいけないくらいで…」
「そんなこと、いいのよ。蒼も好きでそうしたんだから。
 それより、バカよねぇ、せっかく香帆ちゃんてかわいい子が毎日来てくれてるのに。
 全然目を覚まさないなんて…」

そう蒼のお母さんが笑ったとき。

「……う、、」

なつかしい声が聞こえた。

「あ、蒼!!!!ねぇ、蒼!!!!!!!!!」

私は蒼を振り向いて叫んだ。
私が握っていた手が握り返される。

「あ、ああっ!!蒼っ!!!!!!!」

蒼のお母さんもかけよってきた。

「ちょっと、先生!!先生!!!!!!」

蒼の目がうっすらと開き、ぼんやりと天井を見つめている。
そして、ゆっくりこちらに顔を向けた。

「…か、香帆じゃん。なんて顔してんだよ。」

そう言って笑った。



「病院の桜じゃ物足りないな。」
「贅沢言わない!!意識戻っただけで充分でしょ!!」

蒼が意識を取り戻してから2週間ちかく過ぎた。
私は中学3年生になった。
蒼は2年もの間、眠っていた。

「なんか、今中3て言われても、実感ないな。」
「……ごめんね、蒼。」
「なんで謝るんだよ、香帆は助かったんだから、ありがとうって言えよ。」

そう言って彼は車椅子からこちらを振り向き、優しく笑った。
つられて、私も笑った。

「ありがとう、蒼。好きだよ。」
「知ってる、俺も。」



あの日の桜は綺麗でした。
今日も桜は綺麗です。


【おわり】