7月の20日土曜日
梅雨もまだ明けておらず
どんよりとした曇り空
しかし雨は降ってはいなかった
池袋の特急ホームで
兄のお見舞いにやってくる母を待っていた
特急が着き、足の悪い母が
手押しの車を押して出てきた
段座で車を持ち上げてあげると
他人だと思ったのか母からは
丁重なお礼の言葉をもらった
その後、息子だと気がついて
勘違いしたと笑っていた
その後、トイレに寄ってから
タクシー乗り場に行った
前回お見舞いに行ったときは
雨でタクシー待ちの行列ができていたが
この時は、土曜日であったが待つ人もなく
すぐに乗車することができた
運転手も都心東部に帰る車で
行先を告げると同方向だと喜んでいた
道も割と空いていて
渋滞にあうこともなく病院に着いた
車中では、母が兄から所望され
郷里で買ってきた稲荷寿司のこと
ついでに買ってきた赤飯のおにぎりのことを
話してくれた
兄からも何時に着くのかとメールが入り
午後一番くらいになると伝えた
メールを見忘れることが多い自分には
珍しくタイミングよく返事ができた
兄は約2年前から
癌を患っていた
北海道まで行って先進的な医療を受け
一度は社会復帰も果たし
仕事場にも戻った時期もあったが
昨年末に再び病状が悪くなり
入院し手術や治療を行っていた
そして、6月に入ってからは
治療をやめてケアを主体とした
緩和病棟に移っていた
私たちは病院に着いて受付を済ませて
母のために車椅子を借りて
兄の病室に向かった
この日は兄も体調もよかったのか
よく話をすることができた
ひと月前にお見舞いに来たときは
具合も悪く、薬の影響があったのか
集中力もなく頭が回らないと言って
ほとんどまともな会話もできなかった
この時は弟も一緒だったのだが
少し心残りのあるお見舞いだった
それにひきかえ、今回は
いつもの兄であった
ケアを目的にした病院病棟だけあって
患者と過ごせるスペースが充実していた
ダイニングキッチンみたいなところがあり
ポットやレンジ、冷蔵庫などもそろっていた
病室から移動するのには
看護師さんの手伝いが必要だったので
その間に下のコンビニへ買い物に行った
兄の手持ちのインスタント味噌汁に
足りないところは、買い足してきた
お味噌汁に、お茶とお弁当で
皆でお昼を食べることになった
持っていったお稲荷寿司のお弁当も
兄は美味しそうに、ほとんど食べた
子どものころから、よく食べていた
近所の食堂で作っていたお寿司だ
もう自分では戻れなくなった郷里
その記憶のなかにある味を
かみしめているようだった
お赤飯のおにぎりは最初遠慮したが
せっかくなので一口と言って
ほんの少しだけ食べて
あとは私にくれた
母との会話は、すごくスムーズで
いろいろなことを話すことができたようだった
食事も終わり、また病室に戻った
看護師さんがまたベッドにもどる
手伝いをしてくれた
その間、いろいろな冗談を
看護師さんと交わしていた
よくしゃべる、いつもの兄の姿だった
病室を出る最後に握手をした
痩せてしまった、その姿から
思えないほど、力のこもった握手だった
その手は間違いなく
ちいさいころから
喧嘩したり、ともにキャッチボールや
ゴルフをしたりした手だった
そして容量が悪く、不器用な私を
何度も助けてくれた手だった
とても、あたたかい手だった
病院を出て
車寄せのターミナルにいったが
タクシーがおらず
電話して呼ぼうかとした矢先に
空きのタクシーが入ってきた
帰りの道も渋滞がなく
すんなりと池袋に着いた
帰りの特急まで、時間があったので
冷房の効いた待合所にいったが
これも、いつも混んでいるが
空いていて座ることができた
何もかも、スムーズに
順調に行った日だったねと
母と話していた
足の悪い母であり
本来は、ひとりでの外出は
困難であるのだが
この時は、同行できる弟も都合が悪く
一人で特急に乗っての往復であったが
最寄駅から自宅までは距離が短く
何度かお見舞いで電車に乗った経験もあり
この時は、ひとりでの乗車でも
大丈夫ということで
お見舞いに行くことにしたが
まわりのサポートもあり
何ごともなく無事に
帰り着くことができた
いいお見舞いができたと
母も満足した日だった
