自分の仕事じゃない
いろいろな局面でつかう言葉
何か面倒そうなことを頼まれたとき
それは私の仕事でないと
いろいろな理由を並べる
判断できない
責任がとれない
管轄外である
仕様書外のこと
依頼のされ方が違う
時間外である
なんていうのが論理的な
断る理由である
そして、感情面では
筋が通らない
頼んできた人が嫌い
あいつのことは、やる気にならない
なんていうことだったり
まあ、結局は
やりたくないことへの
理屈をもっともらしく
言うだけのことで
自分も紛れもなく
そういうことを言って
逃げてきたことが多々ある
それは、それで仕方ないと
思っていた
もちろん物理的に道理的にも
できないことはある
しかし、やればできることも
これまた山ほどあった
今日、たまたまそんな
出来事があって
例によって断ることを
最初は言っていた
そして、しばらくたって
冷静に考えてみた
困難なことって
ある意味、それは
自分にとってチャンスでは
ないだろうか
大げさにいえば
天から授けられた
試練なのではないか
こんなことをお前は
できるのかと
試されているのではないか
そんな風に考えて
やることを決めた
はじめてみると
たしかに面倒くさく
危険なこともあった
それでも
まあまあ成し遂げることができた
頼んできた相手から
すごく感謝されて
お礼の品までいただいてしまった
お菓子だったので
職場の人にも分けて
一緒に食べた
職場の皆にも
こんなことがあったと話したら
別に褒められもしないが
誰も否定はしなかった
人生も終盤に入って
自分の会社勤めも
残り僅かになってきた
今更、こんなことに
気がついても遅いかもしれないけど
やはり
人がやる仕事というものは
規則やら体制のなかだけでやって
それが全てではないということ
自分ができることを
逃げずに、がんばって
やっていくことなんだろう
それが
本当に世のため人のためになるのだろう
そして、いつかは
それが自分に却ってくる
つまらない理由で
自分の仕事を
狭めてはならない
そんなことを思った
一日だった