【マフィア企画】すこしだけあった、ほんとうのおはなし。【文章】 | あたしの海にさよならを

あたしの海にさよならを

あなたはあたしのすべてだったの。 だからさようなら。 さよなら、あたしの海。



ざあ、雨が降る。私を咎めるように、ざあと、雨が降る。

「…畜生!畜生!畜生!!」

夢を見た。とても懐かしい夢だ。まっしろな廊下、硝子張りの戸に雨雲が映る。まだ雨は降っていない。暗く湿った廊下。ふたりの男がそこに居た。生温い風が彼等を包む。照明は暗鬱に彼等を灯す。だれもいないかのようにあまりにも不自然な静寂がそこにはあり、その絶叫はより一層悲痛に響いていた。

「何故だ!…私を嵌めたのか!どうして…!信じていたのに!」

スーツの上に羽織った白衣、黒髪、眼鏡、長身。これはどうやら私のようだ。握りしめている掌が、白い地面をぬるりと染めて行く。表情は黒く塗りつぶされて読み取れない、この時の私はどんな顔をしていたのだろう。己で己の表情なんて見えないのだ、覚えている訳が無い。見た物しか、解らない。

「莫迦じゃないのか?今時そんな安っぽい友情なんか信じ切って。」

黒いコートを纏った金色の短髪、身長は私よりも低く、手には拳銃。間違いない、あいつだ。彼の当時の表情ははっきりと覚えている。無表情、その一点だ。私に何の感情も持っていなかった。友人「だった」あいつは、元より私を何とも思っていなかったのだろう。黒く塗りつぶされた私の目のあたりから雫が落ちる。それは床に落ちて、紅色の水たまりと混ざり本来の色を失った。

「だからお前は愛されないのさ。」

  もういいだろう 頼む 私のせいだって 解っているよ やめてくれ

「そうだろう?…違うか?」

  やめてくれ

「ド

ざあ、ざあと、雨が降り始めて  艶かしい程の赤い色が舞台を彩った。



    ――それはきっと、



手を伸ばす。しかしその先には彼は居ない。代わりに吐き気を催す程のまっしろな天井。左腕を伸ばした拍子に肘が覗き、左胸から腕にかけて刻まれた蛇の刺青の尾の部分が見えた。ゆっくりと思考を通常通りに戻す。今現在の状況を確認しようと上体を起こす。雨が窓ガラスを叩く音が喧しい。ぼうっとした頭は思考を赦してはくれず、視界の一部を遮っていた。

「目が覚めたか」

低い声でそう呼ばれてびくりと跳ね上がってしまった。全く視界に入っていなかったそれをやっと目視する、そこにはベネディクトがいた。いつも後ろに撫で付けてある髪は今ではばさりと下ろされ、切れ長の目を覆っていた。

「ああ、いたのぉー?」

彼と喋りながらゆっくりと頭のエンジンを暖めることにした。これまでの経緯を思い出す。ああそうだ、私は確かRCに銃撃を受けた。それを避けようと咄嗟に部屋の爆弾を起動させたことは覚えている。そうしてどこかの路地裏で寝ていた所を彼に拾われたのだ。どういう道筋で逃げたかはよくは覚えていないが、追撃も無くこうやって生きていられるのは妙だ。恐らくあの老害はまだ私に利用価値を見出しているのだろう。あそこで死ねたら、誰にも迷惑をかけることはなかっただろうに。

「何で僕を助けたの?」

私の正直な感想を口に出した。あまりにも唐突な事態だったため、至る所に痕跡を残し過ぎていたのだ。あそこで死んでいた方が幾分かまともだっただろう。もうこれ以上苦しい思いをせずに済んだだろう。私はいつも人を思うふりをしておきながら、結局は私の事しか考えていないのだ。もう考える事に疲弊してしまっているのも事実で、只楽になりたいだけというのもまた本音である。ひとりでいさせて欲しい。こんなにも辛いのなら。また裏切られるのなら。あいつのように。

「仲間を助けるのは普通だろう」

そんな事を言われたのは、生涯において初めてであった。驚きのあまり喉の奥で息が詰まる。下手な事を零すまいと必死に溢れる言葉を殺す。以前の私ならば嘲笑で一蹴できた、だというのにこの醜態は何だ。依存が毒である事くらい知っていた筈だ。震える声で、精一杯の嘘と虚構を並べる。今の私にはこの程度しか出来ないのだ。

「全く、君はどこまで莫迦なんだい?お人好しも大概にしときなよぉー?」

不安定な喉はつまらない戯言しか紡がない。だが言い出してしまった以上、後には引けないのだ。そうだ、これが【ドクター・ウロボロス】だ。孤立を望んでこそ、ウロボロスである。最近までオルトロスであったせいか感が取り戻せない。

「あのさぁー…」

いつもの蛇の嘲笑。ああ、やっと己に戻れた気がする。

「おかしいと思わなかったの?何で僕があんな所で倒れてたかーなんて考えなかった?」
「それは…」
「ああ返事は結構、頭の悪い回答は望んでないんだ」

先方に喋らせる事無く捲し立てるように言葉を紡ぐ。

「アメリカに居た筈の君が此処に居るっていうのも充分怪しいけどねぇー?連絡取ろうとしてもぜーんぜん出なかったしぃー?あーそうそうちなみに、携帯をおうちに忘れて来たーなんて言い訳は通用しないよぉー?」

呆れる程に幼稚な言葉しか思いつかず、どれだけ自分の頭が回っていないかを理解した。

「…お前こそこっちで何を、」
「ああ僕?僕は【友人】の家に遊びに来ただけだよぉー?こないだは折角ヨーロッパに来たのに挨拶もできなかったからぁー。…解り易い程に話逸らしちゃって、」

これでいい。ケルベロスという組織がなくなってしまった以上、私が彼等と接触する理由等ない。これで彼が私の危険性を理解してくれると嬉しいのだが、うまくいくだろうか。

「何をコソコソしているんだい、怪しいなぁー?」

黙り込むベネディクトから視線を逸らす。事実彼が何をしているかは興味がなかった。彼が生きている、それを確認できただけで充分だった。あとは他のCSメンバーの無事さえ確認できれば、もう何も言わない。

「…まあいいや、いずれ解るだろうしぃー? …ちょっとひとりにしてくれるかい。」
「好き勝手言っておいて…」
「君がお喋りに乗ってくれなかっただけでしょー?人を悪者扱いしないでよねぇー!」

ベネディクトから視線を外し、硝子越しに見える曇天に焦点を合わせる。相変わらずの大雨。雨は嫌いだ、あの日を思い出す。私はひとりの親友だった男に裏切られた。それが私がひとを信用し切れない最大の理由である。がらりと扉を開ける音が聞こえる。出かけるなら煙草お願いといつもの軽口。彼はこの病室には戻ってこないだろうと推察していたが、口が寂しいのは事実なのでついでに頼む事にした。それを聞いて彼の口から溜息が溢れる。扉を閉めようとした時に、もうひとこと、【ウロボロス】として言わねばならぬ事を伝えた。

「言っておくけど、助けてくれた事にお礼は言わないからねぇー。」

ぴしゃり、戸を完全に閉め切った音の後、壁越しに聞こえる靴音が遠ざかり、それが消えるのを確認してから溜息と咳払い。彼が去っていった扉を見る。そこにはなにもなく、ただ息苦しい程に冷たい空気が充満していた。

「…うーん、困ったねぇ、どうしようかなぁー…」

アメリカ英語でぼそりと呟く。このまま生きているとなると、私がRC所属であった事に気付かれてしまうのではないだろうか。仮に追撃はなかったとしても監視がついていた場合も考えられる、ベネディクトと共に居る姿を目撃されてしまったのではないか。私があのままくたばってしまう事が最善だったというのに。

「…ああ、また、こうやってさぁ…」

どうでもいい考えだけが脳内を巡る。頭が回っていない。撃たれてからだいぶんと血が抜けたのだろう。頭痛が酷い。倒れていたときの光景を思い出す。何故彼はあの倒れていたものが私だと解ったのだろう。暇つぶしに思考を開始しようとした所で簡単に答えは出た。あれは鼻が利く。大量に流れた血の匂いで私だと判断したのだろう。くしゃみをひとつ、あの時は出血量も多かったが雨に体温を奪われたのもあり、ひどく寒かったのを覚えている。コートをかけてくれたのだったか、直後に暖かくなる感覚があったような気がする。薄れていた意識ではっきりとは覚えてはいなかったが、

「…まあ、純粋に嬉しかったよね」

一人で勝手に死ぬんじゃねえぞ、そう言ってくれた事が、とても嬉しかった。孤独であれと謳った【ウロボロス】としては酷く情けないとは思うが、あの時は【DD】として、ただ単純に嬉しかったのだ。外を眺める。雲間から少しだけ光が漏れていた。あの光に当たれたらどれだけあたたかいのだろう、そんな下らない言葉遊びを脳内で楽しむ程に暇であった。ぽつり、ぽつりと、言葉の小雨が滴り落ちて

「ありがとう、…ごめんね」

雨は徐々にその勢いを弱めていく。もう直ぐで少しだけ太陽が覗くだろう。


    ――それはきっと、声を殺した蛇の謝罪







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ね、ねむすぎて、ほそく、が^q^あとでかく!←