ぶろぐねた:僕にとっての鬼 | あたしの海にさよならを

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あなたにとっての「鬼」とは?
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ん、愚問だな。

んなもん、自分に決まっているだろう。

まぁ元々「鬼」というものは「ヒト」を指すのですね。
大昔の貴族クラスのヒトからすれば下々のヒトは「みえない」わけです。そういうヒトを「鬼」と呼んだのだとか。
つまり自分以下の存在=鬼、ととらえていたわけです。自分達には見ていない、いや見えないのですね。

僕はご存知の方もいらっしゃるかも知れませんがあまり自分が好きではないです。
なので自分以下、というより最早自分自身が「鬼」という考えに近いのかも知れませんね。
多分その一要因として、自分自身をしっかり見ていないというのがあるのだと思います。
だから自分にとっての「鬼」は自分なのです。
無意識に見えないように、見ないようにしていたのでしょう。

しかし去年は少しだけ自分を見た気がします。
卑屈で根暗な自分でなく、活動的に、活発的に動く自分を見られたように思います。
今年は「鬼」がもう少し減るといいな、なんて思いますね。

もちろん退治すべき対象としてもまた「鬼」は自分であると思います。
今更この性格をがらっと変えられはしないとは思いますが、せめて自分の中のマイナスは排除したい。

なので個人的な考えですが、鬼は自分、福も自分であると思っておりますね。

「世の中幸も不幸もない、考え方でどうにでもなるものだ」

なんて。正論だと思いますよ。…といいますかシェイクスピアは正論ばかりで逆に怖い。

要は何事も自分の考え方なんですよ。鬼も福も同じ事だと思います。
ただ問題は、その考え方の訓練が非常に難しいだけなのですがねー。

とりあえずはまぁ…、自分の中にある、自分に対する偏見をどうにかしたいものですな。


…真面目すぎたかしら。