について(とは少し違うか?)考えました。以下ちょいと不快かも?注意報。
楽しいとか悲しいとかは結局は脳内の物質によって左右されると分かった時代ですよね。
まぁまだヒトに関しては解明されてない部分はありますが。
それが分かって、もし感情が操作できるようになったら、それは『感情』と呼べるのか、と思いまして。
『感』はあっても『情』ではないよなぁとか。
その前に情って何かと考えるんです。
広辞苑さんによれば感情の情は『主観的な意識、きもち、こころ』だそうです。
主観的?感情操作されたりしたらそれは主観的なのか?となりまして。それならもはや感情とは呼べないのではないかと。
しかし操作されている側は自分の意志だと思ってるんですよね。無意識にですが。
今感じる『楽しい』とかいった感情は、例えばリモコン操作だと知っているとして、それは自分ではリモコン操作と分かっていても楽しいのは事実で、そうなったら自分の中では感情になるのかしら…ってあああああ混乱するううううう!!
ちなみに自分、心理学とは無縁ですねん^^
昔心理学やってみたいと思った時期もありましたがね!結局専門学校生活になって諦めまして^^
昔って、あれやりたいこれやりたいって忙しくなかったですか?
自分はー…ゲーム作りたい、イラストレーターになりたい、数学やりたい、心理学やりたいと大忙しでしたね^^
やりたいことばっか増えて結局いっぱい手放しちゃって。やだねー。
まぁ手を伸ばしすぎてゴムぶちーん切れた感覚ですかねぇ…´`
暇があったらのんびり独学してこうと思います…まだ10代(ぎりぎり)ですし^^
こうなんだよーとかございましたらご意見お待ちしてますー^^
あ、ちなみに何で急にと思った方。
机漁ったら何かまたメモが見つかりまして^^
今度は何よと開いたら『何が正しくて何が間違いなのか、あたしには分からない』と書いてありまして。
あぁこんなん書いたなぁとふと思っただけです^^
正誤の判断は難しい…自分の価値観の中でしか判断できないし、他人の価値観で判断しようとしたら自分の価値観には合わなかったりするし。
そんなのをぼけっと思いながらかいめーさんでした^^
しかし脱線っぷりが酷い^^