沖永良部島での朝6時から

 

うじじきれい団のビーチクリーンに参加させていただいた。

  

前日のプレゼン内容を確かめたい思いが叶ったと同時に大変な状況をつきつけられた気がした。

 

プラスチックゴミは ペットボトル、その蓋、形のあるものは少なく 破片となって原形をとどめないものがほとんどで その大小も様々。

 

中でもマイクロプラスチックと言われる 

 

5ミリ以下のプラスチックゴミを拾うことの大変さ。 

 

子供達の涙ぐましい試行錯誤がうかがえる。

 

これらを魚が食べている・・・その魚を人が食べている・・・

  

そのプラスチックを作ったのは誰か・・・

  

悪者探しをするのではなく、恩恵をうけるだけでなく 

 

作った責任を果たすということを、全ての人がすべきである。

 

引きずることもできない大きな網、ガラスの破片、ビールケース、注射針、

 

世界の海を長い時間旅してきたであろうゴミに珊瑚が付着していたり。

 

ありとあらゆるゴミに 海にすむ生き物は 命をおびやかされ奪われている。

 

例えばペットボトルから便利という恩恵をうけているのなら、

  

捨て方のルールを守る。

  

この貴重な体験をさせていただけたことに感謝し、 

 

あらためて人が作り出した便利なモノの恩恵をいただくのであれば

 

きちんと使い切り処理する。 

 

未来の子供達に美しい地球に戻してバトンをつなぐ為、

 

広く意識をもってもらえる人を増やせるよう役に立てるよう力を尽くしたいと思う。










出雲の神様に二日をかけて参拝にまいりました。

一日目

美保神社

八重垣神社

神魂(かもす)神社

熊野大社(出雲国一宮)正式参拝

須我神社・奥宮

二日目

出雲井神社

出雲大社

日御碕神社

日御碕の海岸で禊

神蹟隠ヶ丘

鳥屋神社

富神社

 

 

 

太古からの歴史をたどる参拝は、

目に見えない大いなる力に抱かれ、

神様がおわす磐座の氣を全身の毛穴を通して感じていると、

雨の音が・・・

音量を上げるかのように頭上に近づいてくる。

ずいぶん降っているはずなのにあまり濡れない。

傘をさしかけてくれているかのような、不思議な現象。

全てを浄化していただけたような氣持ちになりました。

 

出雲大社の荘厳な神殿。

それ以上に畏れを感じるところがありました。

その場を離れがたい。

後ろ髪惹かれる・・・

なぜだかわからない。

 

神蹟隠ヶ丘も・・・そこと同じ。

自分の内側の開けたことのない扉を開けたような感覚。

なのに心地いい波動を感じる。

何なんだろう?

 

 

こうして続けて神社参拝すると、御神気が違うことがわかります。

今回、素戔嗚尊様に導かれたような気がし、

神々の世界も諸々、ありのままの真っ直ぐにはいかず、

切なく苦しい思いも感じられて、胸がキュンとなる・・・

この感情は何だろう?

思いを巡らすがわからない・・・

 

この2日間、自分の中に感じるもの、

何だろう?と芽生える疑問が多いことに戸惑う。

紐解いていかなければならないのか?

いつかわかる時がくるのだろうか?

お声に耳を傾け、委ね、なすべきことを果たせるよう努めるのみなのだろう。

 

 

お参りしたいと思っていた美保神社(えびす様の総本社)が宿泊先のお隣には驚きました。

 
 
 
 

  
 

  

  

  
出雲大社
 
 
日御碕神社
 
 
一週間の潔斎をし台風の中、
 
9月17日、鳥取の大山登拝、出雲参拝に向かった。
 
台風は大丈夫なのか?雨は?
 
石鎚山のような山だったらどうしよう?不安がよぎる。
 
車を降り、大神山神社の大きな石でボコボコの坂の参道で既に息が切れる。
 
神様にご挨拶し、餓鬼供養をしてから山へ入れていただく。
 
大きめの不揃いのごつごつしたの石の道・・・
 
とても歩きにくい、どこまで続くんだろう?
 
台風が来る前に下山したい、いけるところまで行こう、
 
やめる決断も必要、そんな思いで登り始めました。
 
ここも修験の山だと感じる。
 
蹴上が高く、その高さと踏面の長さもまちまちで、
 
太ももと胸がくっつきそうな階段さえある。
 
足が重くて重くて・・・
 
呼吸が苦しい。
 
きつい風、雨も降ってきた。
 
滑らないように注意し一歩一歩登る。
 
石鎚山もそうだったように、
 
また思考停止。
 
ただひたすらに、止まりたい自分と葛藤する。
 
足元だけを見つめ、体力の無駄遣いをしないよう努める。
 
投げ出す選択肢はないから・・・
 
それにしてもキツイ。
 
モンセラート山登拝を思い出す。
 
心臓が口から飛び出しそうだ。
 
止まって、天の力をいただき大きく深呼吸をすると、また歩き出せる。
 
この繰り返し。
 
山頂に近づくと風を遮る木々がなく、何度も風で飛ばされそうになる。
 
こんな状態で1709M大山山頂に。
 
本当は素晴らしい景色であろうが、真っ白で何も見えない。
 
いえいえ、登頂できたことに感謝である。
 
下山は同じ道。
 
太ももとふくらはぎがパンパンになり、コントロールできなくなってくる。
 
筋力不足か??
 
日課の5キロのウォーキングをしていてもだめなのか??
 
本当にきつかった。
 
登りきれたのは皆さんのお蔭様。
 
先生が不在、しかも台風という試練の中、
 
先導の頼もしい背中を追い、
 
息が苦しく立ち止まる度に、そっとそばに居て見守ってくれる温かさに助けていただいた。
 
辛く厳しい修行に正面から向かうからこそ、いただける学び、その深さに魂が震えた、
 
感謝でいっぱいの大山登拝となった。
 
一人では作れない、皆様とご一緒させていただいたからこその学び、
 
感謝であふれています。
 
ありがとうございました。
 
弥栄
 
この後2日間、出雲の神様へご挨拶に伺うお話へ続く。
 
 
 
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